チョコレート日和というやつですか。

彼とあたしの初めの一歩・1










青天の霹靂。意味は、急に起きる変動・大事件。また、突然うけた衝撃。
あたしの身に、”学校一の爽やか系・素敵ボーイに告白される”という形でそれが降りかかってきて から3日後、 あたしは本気で悩んでいた。


「おっかしいなあ……」

ロッカーをじいっと見つめながら、一言、言葉を口にする。
隅から隅まで穴が開くくらい見つめてみても、無い。
体育館シューズはある。内履きもある。体操服も、ある。
昨日帰ったときと全く同じ様子の、何も変わったところなんてないロッカーだ。

ふん?と腕を組んで、眉を顰める。
とんとん、と人差し指で腕を叩いて、どうしたものかと小さく息を吐いた。

―――そろそろ来るかと思ったんだけどなぁ


何が来るのか、っていうと、勿論アレだ。カッターレター!もしくは靴に入った画鋲。
それもないなら、ビリビリになった教科書や、ゴミ箱に捨てられた体操服、黒板に書かれた 悪口とかそんなもの。
だって、あの二色君に告白されるという虐めを受けてから早3日。
噂は校内をぐるりと一周し、校外の二色君ファンにも広まっているはずだ。

まさか、みんなきちんと”紫藤 美咲が二色君に告白されたのは、ただ単にからかわれただけである” ということを理解してくれているのか?と疑問に思った。
でも、そんなことないよなあ……と一つ頷いて天井を見上げる。

世間はそんなに簡単な作りではないと思うし、まず、からわれただけだとしても確実に罵詈雑言を 吐かれるはずだ。
体育館裏に呼び出されるなり、トイレに連れ込まれるなりして 『あんたみたいなの、二色君が相手にすると思わないで!』とか『けっ!このちんちくりんが!』 とか『いい気になるな!』とか……絶対に一回くらいはあってもいいはず!
3日も何も起こらないなんて、一体何が起こってるんだろう?と謎に思った。








ふかふかのマフラーを外しながら、教室のドアをゆっくりと開ける。
ぶわあ、とあったかい空気が冷えた身体を包んで、ちょっとだけ幸せな気分になった。

教室に入っても、向けられる視線に厳しいものなんて一つもなくて、むしろいつもと同じように 「おはよー」と声を掛けられる。
不思議に思いながらも、今までと変わらない温かい挨拶にやっぱり安心してしまう。
あたしもいつも通り、おはよう!と口にした。

机の上には真っ白の花瓶に生けられた菊の花が飾られていたりするのかも、と思っていたのだが、やっぱりそんなもの 在りはしない。
何故!と叫びそうになりながらも、ガタンと椅子を引いて腰を下ろした。
……うん。机の上にマジックで落書きもされていない。

ぼんやりと横を向くと、窓の外に広がる空は、鈍い色の曇り空だ。
冷たくて、背中がぞくりとするような鉛色の雲。
バレンタインの2月14日―――3日前は綺麗に晴れてたのに、とか思い出すと二色君に腹が立ってくるので 思い出さないように、記憶の底に押し込める。

朝のHRまであと10分か、と眉をしかめながら鞄を漁り、昨日出された宿題を取り出す。
綺麗なままの数学の教科書とルーズリーフ。
数学も分かれば面白い。でも、だけど、当然のごとく分からなきゃ面白くない。
そう、あたしは大の数学嫌いなのである。

教科書を開き、ルーズリーフに問題を書き写してから早5分。
握ったシャーペンはさっきから1ミリたりとも動く事は無い。
じっくりと問題を読んでみても、どこの公式を使えばいいのか皆目検討もつかない。
すごく、ピンチだ。

周りを見渡しても、みんな数学の問題と格闘中。
厳しいので有名な数学の先生が出した宿題なのに「分かりませんでした」なんて言おうものなら 教育的指導という名の右ストレートが飛んでくる。
近年、教師は生徒、もしくはその親やPTAが怖くて暴力はふるえないはずなのに!と心底 不満に思った。


「ど、どの公式なの……?」
独り言を呟きながら教科書を捲って捲って捲りまくる。
ピタリとページを捲る手を止めて、見つけたのは、sin、cos、tan……三角比。
あたしが最も苦手とする数学の中でもワースト3には入るだろう項目だ。

大体、数学なのにローマ字まで出てくるなんて何か間違ってる!と泣きそうになりながら思う。
分からなさすぎて、もう泣いてしまいたい。
質問しようにも『どこが分からないのかさえも分からない』という状態なので、誰に頼る事も できない。ああ、もう!全然全く分からないよう!

バタンと両手を机に打ち付けて(かなり痛い)、こくりと一つ頷く。
―――結論。
これはもう、頭のいい人のノートを写させて頂く他に方法は無い!
仕方ないんだ、あたし!諦める事も、時には人にも頼る事もとっても大事な事なのだ!
そう思いながら、うちのクラスの秀才・山本さんにダッシュで近付くと、山本さんはふわりと 不思議そうな表情で顔を上げた。
どうかした?と微笑みながら、ゆっくりと小さな声で尋ねてくる。
凛さんと違う雰囲気の可愛い子ちゃんにちょっとクラリときたが、今はそんな場合でも無い。
急いで教科書の一点を指差した。

「山本さんっ!分かった?!ここ、分かった?!」
「え?あ、そこは私も分からなくて……ごめんね?」
あたしのあまりの落胆ぶりに山本さんは慰めるように言葉を口にする。
その優しさはとてもありがたいが、今はきゅんっとしている場合でもないのだ。
ありがとう、ごめんね!と告げながら、今度はダッシュで鈴木さんの机に向かった。

しかし!鈴木さんの返答は『ごめん、分からなかったのー』。今度は佐藤さんに聞いてみても 『ごっめん、そこ私も分かんなくてさー』。そ、それじゃあ……!と山田君に聞いてみても 『すみません、お役にたてなくて』だ!

これだけ頭のいい人たちが解けない問題を、あたしが解けるはずがあるか?
答えは否。解けなくて当然、である。

それから10分後、HRも始まり、本来なら先生からの朝のご連絡を頂戴するべき時間だが、 皆は1限目の数学に向けて血眼になって問題を解いている。
しかしその時、あたしはすでに悟りを開いた仏陀のような御仏のような穏やかな心で、うとうとしていた。
もう、分からないものは分からないのだ。仕方ない。
そうだよね、あたしがこの問題に当たる確立なんて40分の1。
これは当たるはずなどないと言っても過言ではない確立である。多分。



しかし、40分の1―――すなわち2、5%なんて、割と当たりやすい確立なんだと冷や汗を 流しながら脳裏に刻み込むあたしを、一体誰が想像しえたというのだろうか。
意地悪な神様以外に。













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