チョコレート日和というやつですか。

彼とあたしのバレンタイン・5










「りりりりり、凛さん、どうしよう、あたし虐められる」
あたしは真っ青になって、震える声で、そう言った。
けれど凛さんは何も言わない。ただじっと私を見つめるだけだった。
そんな凛さんの様子に不安を覚える。
まさか、凛さん、あたしのこと捨てちゃうんだろうか。
確かに凛さんも一緒に虐められるくらいなら、あたしを捨てて……行かないでー! 嫌だ嫌だ嫌だ。そんなことされたらあたしは泣き喚いて凛さんの家に押し掛けるからね! 強制お泊まり会だからね!
そう思いながら、凛さんの様子を窺うと、ふわりと微笑まれた。

その女神様のような微笑に胸がどきりと高鳴る。
真っ黒のストレートの髪にパッチリした瞳。口紅なんて塗ってないのに紅い唇。 すらりとした、けれど出てるとこは出てる、美しい体躯。
どんな男でも一度は夢見そうな、美人。
それが凛さんである。



そんな美人さんとあたしがどうして友達になったかというと、凛さんがお財布を拾ってくれた、というのが きっかけだったりする。
『これ、あなたの?』
そう首をかしげながら尋ねてきた凛さんは、すごくすごく綺麗で、あたしはビックリしてしまった。
だって、凛さんみたいに綺麗な人初めて見たのだ。
”立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花”という言葉が彼女ほど似合う人は絶対に居ない。 それくらい綺麗なのだ。

『う、うん!ありがとー!』
うわあうわあ、すごい!綺麗!美人!そう思ったあたしは、凛さんの手をぎゅうっと握った。
ふわりとお香の匂いがして、さらさらの長い髪が風に流れる。
今思い出しても、なんていう馬鹿をしたんだろうと思うのだが、とにかくその時のあたしは 初めて見るような美人に感動して、白魚のような手に触れてみたいという欲望に勝てず、 力いっぱいその手を握り締めてしまったのである。
当然ながら凛さんは驚いていたけれど、にこにこと笑いながらお礼を言うと 凛さんもふわりと笑ってくれたのだ。

んもう!その時の凛さんは物凄く綺麗で……という話は置いておこう。
今は二色君の陰険な虐めによって、あたしが受けるであろう『二色君を守る会』に所属する女子生徒からの虐めについてだ。
「り、凛さん……」
捨てないで!という意味をたっぷり込めて凛さんを見つめる。
学校中に蔓延しているチョコレートの匂い。
ああ、これほどバレンタインデーなんて大嫌いだと思ったのは初めてだ。
こんなイベントさえなければ!あたしは!あたしはー!
二色君に呪詛を……!と人としてやってはいけないことを考えだした瞬間、凛さんは、美咲、とあたしの名前を呼んだ。


「ごめんね……?」
泣きたいのか笑いたいのか、凛さんの真意は分からないが、とにかく今の凛さんは とても苦しそうだということだけは分かった。
―――ああ、そうか。彼女は、虐められた経験があるんだった。
その美貌が理由で。

ふと、苦しくなった。
凛さんが嫌な思いしちゃうのは、嫌だ。
今、素敵な彼氏ができて、友達もたくさん出来て、幸せになった彼女にあたしの味方をして共に虐められてくれというのは酷な話だ。
「り、凛さん、あたし」
あたし、いいから、他の子と仲良くして。あたしのこと放っておいて。
そう言おうと思った。
けれど、それは凛さんのありえない一言によって、ぶち壊されたのである。

「あっはっは!いーやー、まさか二色君、あんなところで美咲に告白するなんて思わなかったわー。卓也君にね、頼まれたの。二色君、前々から美咲のこと好きだったんだってー。だから、美咲のこと色々教えてあげてー」
「犯人は凛さんかー!!」

さっきの苦しそうな表情は、笑いたいのを我慢している顔だったのかー!
そう思い、こんちくしょー!と雄叫びを上げながら、 凛さんに掴みかかろうとすると、ひらりと身をかわされた。
凛さんは痴漢対策のため、様々な武術を心得ているのである。

「な、何でそんなイジワルするの、凛さん……!」
溢れそうになる涙を我慢しながら、凛さんを睨みつける。
だって、こんなの、ひどい!虐められるの分かってて、何でこんなことするの?! 凛さんのばかー、と泣き出したあたしに凛さんは笑顔でこう言った。
いわく。
「さ、体育始まるから、もう行くよ」








そして、今、あたしは体育の授業を受けている。
さすがにまだ噂は広まっていないので、みんなでうふふあははとバレーに勤しんでいるわけだが…… ああ、まずい。森岡さん、本気でお怒りモード。
凛さんには劣るものの森岡さんも結構な美人。
そんな彼女の怒った顔は、美しいだけに恐ろしい。
ちなみに、森岡さんが送ってくるメラメラと嫉妬に燃えた視線から、凛さんはそうっと守ってくれた。
うう、凛さん大好き!愛してる!一生貴女に着いていきます!

しかし、そんなあたしの心の中での告白には気付かずに、にっこりと笑った凛さんはこう言った。
「美咲、私にいい考えがね、あるの」
「……何の?」
いや、多分二色君絡みの虐めからどうやって身を守るか、だと思うけれど。
何だか嫌な予感がするのは、あたしの気のせいだろうか。気のせいだと言って欲しい。
冷や汗をだらだらと流しながら、凛さんを見つめる。
凛さんはあたしの視線を受けながら、ほう、と切ない吐息をもらした。
例えるならば恋する乙女のような、月に祈る乙女のような、そんな表情だった。

「……美咲、私はね、美咲の男性恐怖症を治してあげたいの」
「べ、別にそんな大層なものじゃないよ。普通に話せるし」
そう言ったあたしに、凛さんはふるりと首を振り、嘘つかないで、と零す。
嘘じゃない。全然嘘じゃない。
ただ単に今のところ彼氏はいらないというだけで、生活に支障を及ぼしているわけではないのだ。

彼氏がいらないというその理由だが、中学生のときに一度、告白された時に断ったらいきなり押し倒されたのである。
夕暮れの教室で、まさかそんなことになるとは思っていなかったあたしは大いに驚いた。
あの時からずっと、あたしはちょっとした男性恐怖症なのだ。
それでも『男なんてキタナイ!』とか『同じ空気を吸うのもイヤ!』なんて思うほどのものではないので、日常生活に一切の支障もない。

高校を卒業して、大学生になって、社会人になったら好きな人の一人や二人できるかもしれない。
そう楽観視していたあたしだが、今日、この日から、人気者の彼の新種の虐めによって、そうも言っていられない事態に陥ることとなる。
けれどまあ、とりあえず、今日のところはこの辺りで幕を締めさせて欲しい。
明日から起こるであろう恐ろしい虐めに耐えるための、力を蓄えるために。















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