チョコレート日和というやつですか。

彼とあたしのバレンタイン・4










それからのことはよく覚えていない。
気付いたら体育館でいつも通り授業を受けていた。

……なんてことあるわけないのである。
むしろ細部まで思い出せてしまうのがあたしの脳みそなのである。本当に、いらぬときにばかり物凄い力を発揮するな、と我が脳ながら感心してしまった。



『あー、二色君、えーとね、えっと、』
心臓は不整脈を起こすし、嫌な汗が背中を伝うし、笑顔をつくろうとしたのか真顔をつくろうとしたのか、 あたしの脳内指令が混乱してしまっていて、引き攣った笑みしか浮かばないし。
しかも少なくなったとはいえ、未だ教室に人がいる。
何、二色君、喧嘩売ってるの?むしろあたしのこと嫌いなんですか。あたしが何かしましたか。 いやほんと謝りますから、あたしが悪いですから勘弁してください状態に陥っていた。

『ええと、』
そう言葉にしたと同時に涙が込み上げてくる。
これからのあたしの学校生活はどうなってしまうんだろう。その思いだけが頭を支配する。
―――――人生には何本も重大な分かれ道というのがあって、どれを選ぶかによって、時には生死までも左右する。
漫画か小説か、はたまた誰かから聞いたのかは定かではないけれど、そういう格言が頭を過ぎった。 初めて聞いたときはちょっと感動したりとかしてみたんだけど、今この状況ではどうなんだろうか。 ちょっと考えてみる。

……や、どの道を選ぼうと未来はあまり変わらない気がするんですけど。
右に向かおうが左に向かおうが、直進しようが―――つまりはオッケーしようが断ろうが、聞かなかったふりをしようが、 前方は全て”魔の森”だ。……虐められるに違いない。
もやもやと今後襲い掛かるであろう虐めを思い浮かべてみる。

靴を隠される。机に落書きをされる。もしくは机の上に花瓶を飾られる。教科書が破かれる。 上から掃除をした後の汚い水が降ってきて、びしょ濡れになる。その姿を嘲笑われる。 プールに突き落とされる。いろんな女の子に暴力をふるわれる。頭上から鉢植えとか花瓶とか 硫酸とか落ちてきて、………死ぬ!!!

恐ろしい想像を頭の中から追い出そうと、他のことについて考えようとした。
その瞬間、はっと今朝の玄関での出来事を思い出す。
私の小さな親切心。すなわち、二色君に(間違えて私の下駄箱に入っていた) チョコレートを渡してやるということだ。
そうだ。そこで選択を間違えたに違いない。自分の下駄箱でチョコを見つけた時、他に選択肢はあったのに!


  美咲は 下駄箱で チョコレートを 見つけた!

  →二色君の 下駄箱に 突っ込む。
   おいしく いただく。
   落し物ボックスに 突っ込む。


あたしの馬鹿ー!2番!せめて3番を選んでおけばきっと今日も普通の毎日が送れたに違いないのに! 親切心なんて起こすんじゃなかったー!
しかし今更悔やんでも後の祭。後悔先に立たずである。
緊張のあまり冷え切った指先に、教室の暖かな空気を送ってやろうと考えながら 深呼吸を一つして、あたしは覚悟を決めた。
きっとこれは虐めだ。新手の虐めなのだ。
だからそれを回避しようとするあたしには何の非も無い。
そう思いながら、ごくりと喉を鳴らして、拳を握る。
いざ!尋常に、勝負!

「二色君、あたしね、好きな人がいるの。好きで好きでどうしようもない!ってくらいその人が 好きなの。……だからごめん、無理」
「……好きな人……?」
言葉を失う二色君を視界に入れて、こくりと頷く。
ちなみにあたしの内心は、二色君ってこんな陰険な虐めするんだ……と項垂れモードだ。
あーあ、モテるひとはこんな虐め方もできるのか。ちくしょうムカつくな。
そう、頭の中で二色君に対する暴言を吐きまくっていると、壁にかけられた時計が目に入った。
ぎゃ!体育まであと5分しかない!

「じゃ、二色君!体育行かなきゃ駄目だから!」
そう言って、電子辞書を鞄の中に適当に突っ込んで、凛さんのところに向かう。
案の定、凛さんは驚いた顔をしていた。
そりゃあそうだ。あの、あの!好青年で知られる二色君がこんな虐めをするなんて 誰も思いつかなかっただろうとも。


……そして、一番重要なことに!
先日二色君に告白し、瞬時に玉砕したという噂のある大和なでしこ系美人・森岡さんが涙目になりながらあたしを 氷の瞳で睨んでいたのである。

ちなみに、森岡 雅さん(属性:大和なでしこ系美人)は昨年のミスコンで1年生にも関わらず、 2位を獲得したという素晴らしい実績の持ち主である。
凛さんとは違う、もっとしっとり系で色香ムンムンの美人・森岡さん。
頭もなかなか。運動神経も人並み以上。
性格はといえば、以前消しゴムを貸していただいたことがあるので、決して悪い人ではない。 まあ、そのお返しに何度か掃除当番を代わったことがあるので……何ともいえないけれど。
どうやらあたしは、そんな彼女を敵にまわしてしまったようである。

ああ、ホントに今日は厄日だ。
あたしは真っ青になりつつ、心の底からそう思ったのであった。









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