チョコレート日和というやつですか。

彼とあたしのバレンタイン・3









「うっわあ、さすが二色君だねぇ」
「でしょー?!すっごいよね!下駄箱いっぱいのチョコ!あんな下駄箱初めて見ちゃった!」
「まあ、美咲がそんなに興奮する理由が分かんないけどね」
「だって!ゴ、ゴディバとかあった!モロゾフとか!チロルとかなかったもん!しかもぎっしり! 朝なのにあんなにいっぱいあったら帰宅の時間にはいったいいくつになってると思うのー?!」
ぐっと拳を握って、英語の教科書に目を通している凛さんに力説する。
さっきから中途半端な、聞いてるのか聞いてないのか微妙な感じの返答しか得られないのが切なくてしかたない。
うう、凛さんはチョコよりお煎餅の方が好きだもんな。

あたしも欲しい、と呟くと、呆れたように凛さんが溜息をもらす。
「……なに」
「二色君に言えば?チョコちょうだいって」
「……や、女の子の心が篭ったチョコだし。そんなわけにもいかないでしょ」
ものすごく欲しいけど。どうせ全部食べられないんだろうし、ちょっとくらいくれないもんかな…… それが駄目ならいくつチョコを貰ったのか数えさせて欲しい!あたしの好奇心を満たすためにも! ひゃ、百個とか貰うのかな!噂じゃ去年は124個!羨ましい!1日1個食べても4ヶ月!……気持ち悪くなりそうだな。 腐るか、その前に。

そんなことをもんもんと考えていると、凛さんが、あのね?と教科書を閉じた。
マスカラなんか使ってないくせに長い睫毛が、白い肌に影を作る。
「美咲、ちょっと顔に出しすぎ」
「へ?」
「どうせいくつチョコ貰ったのか、とか全部食べるのにどれだけかかるかとか考えてたんでしょ」
「凛さんのエッチ!何で分かったの?……愛の力?」
「殴るよ。っていうかさ、ちょっと疑問に思ったんだけど」
凛さんはテンションの変動が激しすぎる。 いきなりこちらに身を乗り出して、ぱっちりした目をキラキラさせながら尋ねてきた凛さんを眺めながらそう思った。




『何で美咲が二色君の下駄箱開けることになったわけ?』


ボキッ
シャーペンが紙の上を走る音しか聞こえない教室で、芯の折れる音というのは結構響く。
変なこと思い出してしまった、と新しく芯を出してゆく。カチカチとうるさい。
……凛さんがあんなこと聞くから悪いんだ。絶対誤解したままだ。

『だからさっきも言ったじゃん!二色君宛のチョコがあたしのロッカーに、 ……って何ニヤニヤしてんの?!凛さん?!』
『や、なかなかイイ雰囲気だったよー?てっきり、美咲がチョコ渡したのかと思った』
『いやいや、ほんと怖いからやめて。二色君ファンに聞かれたら殺される。二色君にも迷惑だ』
いやらしい笑みをひっこめろ、という意味を含めて睨みつける。
きっと凛さんは、二色君のロッカーにあたしからのチョコを入れようとしたら最早いっぱいで、 困っていたらたら本人が登場して、勢いで告白でもかました。とか想像してるんだ。
『絶対違うからね』
そう念を押して、勉強するんだオーラを発しながら教科書に目を戻すと、 凛さんはつまらなさそうに、ふうんと呟いて再び教科書を開いた。

凛さんの彼氏は二色君の友達で、だから何かと二色君の話題を持ってくるけれど、あたしにはその話題は特に興味をそそられるものではなかった。
彼に対しての知識を増やしてどうする。勿論、今回のチョコレート事件のような エンターテイメントは別だけど、猫が好きだの雪が好きだの、そんな無駄な知識はいらないのだ。
ああ、それにしても、と溜息がもれる。

袋を貸すっていうのはセーフなんだろうか……!
初めて話した彼が普通にいい人だったので、ちょっと普通に接しすぎたかも知れない。
しかし、何でこんなつまんないことに一々気を使わなきゃなんないんだろう、と考えるとイライラしてくる。 きっとカルシウム不足だな。そうに違いない。
家に帰ったら牛乳一気だな、と思ったそのときに、先生が口を開いた。
「名前書き忘れないようにねー」
先生の言葉にはっと気付いて時計を見ると、もうすでに残り5分。そろそろ見直しの時間だ。
テスト中に考えるような事でもなかった!とほんの少し焦る。
一応一通りは書いてしまったから別に大丈夫なんだけど、見直しは大切である。

じっと小テストと称された英単語50問テストを眺めると、空欄が5つ。
これのどこが小テストなんだよ、ちくしょう。頭の中でぼやきながら適当に埋めておく。
そうして見直しを終えて、はい終わりーとの合図が聞こえたけれど、 最後の1つの空欄はどうしても思いつかないのでそのまま先生に渡す。
うーん……すぐそこまで出掛かってるんだけどなー。何だっけ。



どうだったー?とか、あんなの無理に決まってるよねぇ、とか。テストの後の喧騒を感じながら 凛さんの席に向かう。どうしても埋まらなかった問題、凛さんなら分かるかもしれない。
「ねー凛さん、"astonish"ってどんな意味だったけ?」
「私が英語嫌いだって知ってて言ってるの?」
「……ごめんなさい」
そうだった、凛さんは英語苦手だった。

どうやら凛さんの方はあまり回答できなかったらしい。 英語なんてできなくても、海外に行かなきゃいいの!といつもの凛さん節が炸裂している。
仕方ないので、鞄の中から電子辞書を取り出した。次は移動教室なので早く確認しておこう。
凛さんが早くーとか言ってるけど、今のうちに確認しとかなきゃ頭に入らないので、 ちょっと待ってもらうことにした。ごめんね、凛さん。
クラスから人がどんどん居なくなる。うう、早くしなくちゃ、体育遅れたら面倒だ! そう思うのに、焦りすぎて電子辞書を床に落としてしまった。
ああもう!あたしの馬鹿!さっさとしろ!自分を叱咤して電子辞書を拾う。
「凛さんごめん待ってー」
いいよー、とのお返事を頂いたので、一安心して電子辞書の電源のスイッチを押した。

えっと、アストニッシュ、だよね。
"asto"までうったところで、ふと目の前が暗くなる。
あ、と思う。どこか緊張した様子で、彼は「紫藤さん」と私の名前を呼んだ。相変わらずよいお声である。
「……にしきくん」
やけに舌足らずな感じになってしまったのが少し恥ずかしかった。
どうしたの?と尋ねようとしたけれど、二色君の言葉に遮られる。

「あの、紫藤さん、もしよければ、だけど。……俺と付き合ってくれない?」
「…は?」
何て?


「好きなんだ」



彼の冗談にしては笑えない言葉に、まずあたしが思ったのは
『"astonish"ってあれだ。他動詞の"驚かす,びっくりさせる"だ』
だった。












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