彼とあたしのバレンタイン・2 『あなたがすきです。今までもこれからも。』 「………」 うぎゃあああああ! あたしは心の中だけで大きな声を上げた。 な、何だこれ―――――!ひぃぃぃぃ!えええ?!ラ、ラブレター?!これがラブレターってやつか! あわわわわ!は、初めて見た―――! ううう、落ち着け落ち着け落ち着け自分!と深呼吸を繰り返し、ぐいっと冷や汗を拭った。 そ、そうだ、女の子に手紙貰った、から…って………? 『二色先輩へ』 ……う、うわあああああん!ば、馬鹿みたいじゃないか、あたし―! っていうか馬鹿にされてんじゃないのあたし……!恥ずかしい!何だこの屈辱! ああちくしょう本気で恥ずかしい。好きな男のロッカーの位置くらい覚えておけ! そう心の中だけで声を上げたあたしの顔は、多分真っ赤だろう。もちろん、羞恥のせいで。 はああ、とひとつ大きな溜息。 心を落ち着けて、少し曲がってしまったリボンをきちんと直す。 仕方ない仕方ない。この子だってわざと間違えたんじゃないんだろうし、うん。 むしろ緊張のあまりロッカーを一つ隣と間違えるなんて可愛らしいじゃないか。 きっとドキドキして夜も眠れなかったんだよね!ね! と無理やり自分を落ち着け、慰めながら隣のロッカー(正真正銘、二色君のロッカーである)を開ける。 キィっと小さな音を立ててロッカーが開いた。 「……は?」 すごい衝撃的映像が、私の目に映った。 あれ?え?何これ、なんて呟きつつ、呆然と二色君の下駄箱の中を見つめる。 きっと整理されていて綺麗なんだろうなあと思っていたんだけど、そうではなかった。というか、綺麗なのか綺麗でないのか、分からなかった。 何故分からなかったかというと、下駄箱の上から下から右から左まで、チョコレートで埋まっていたからである。 うちの学校の下駄箱は小さくはない。少なくとも、内履きと外履きと体操服を入れてもまだ少し余裕がある程度には大きい。 駅にある400円のロッカーくらいの大きさだと思うのだけど、まあこれも場所によってバラバラかもしれないので何とも言えないか。 とにかく、普通はこのロッカーがきっちりと埋まるっていうのは有り得ないのである。 それが今、隅から隅まで、隙間無く埋まっているんだから驚愕ものだ。ざっと見たところで、 2〜30個はあるだろう。 大小様々、色とりどり、形も色々なチョコレートの群れ。 お菓子屋さんっていうかチョコレート屋さん開けるんじゃないの?!ああ、しかし! まさか生涯の中でこんな現象を目にできるとは!と無駄に興奮してしまう。 うわあすっげえ!どうしよう!報告!報告しなきゃ!って誰に!はっ!凛さん?!凛さんだ! きっと凛さんならいいリアクションを返してくれる! 胸を弾ませながら、再び二色君のロッカーに目線を戻す。 いや、しかし、 「……どうしようかな」 本当に。 捨て置くか、そうひらめいた瞬間、あれ?と声が掛かった。 「あれ?紫藤さん?」 「ひぎゃ!」 「どうしたの?今日は遅いね。寝坊?」 「え?ああ、いや、いつも通りに出てきたんだけど、ちょっといろいろあって……」 まさかあなた宛のチョコレートとラブレターを自分宛だと間違えて、 無駄に驚愕してときめいて興奮してがっくりきて辱めをうけただなんて言えっこないのである。 そして何なのだ二色君。もう少し気配っていうか足音出してよね。 妙に驚いてしまったではないか、と心の中でこそり、呟いた。 「あ、に、二色君、これ」 はい、と手に持ったままのチョコレートを渡す。 下駄箱に入らないんだし、本人もいることだし、直接渡してしまえばいいじゃん! 我ながら素晴らしいアイディアである。 あたしが差し出したチョコレートを見つめ、二色君は一瞬ビックリした顔をして、そしてふんわりと、本当にお花が咲くように微笑んだ。 うっ、わぁぁぁぁぁぁ………! す、すっごい綺麗っていうか、こっちまで幸せになりそうな微笑みだった。 うう、やばい、顔がにやける……!な、なんていうか可愛い……! ぐっと、緩む口元を引き締めた。だって、これは他人のチョコレート。あたしが喜んでどうする。 下駄箱を開けて、苦笑している二色君にこちらも苦笑して話し掛ける。 「二色君やっぱりモテるんだねえ、もうロッカーいっぱいだし。今日ね、 朝ロッカー開けてビックリしてしちゃった」 「え?」 「何かね、二色君のとこにもう入んなかったからか、間違えたのかは分かんないんだけど、 あたしの下駄箱にチョコが入っててね?ビックリしてカード見たら二色君へ、って書いてあって。 か、勝手にカード見てごめんね?あの、分かんなくて、誰宛か」 緊張で饒舌になるあたしを不思議そうにみつめた彼は、突然何かに気付いたように、 真っ赤になった。 おお、真っ赤…… 赤面する理由が分からなくて、きょとんと彼を見つめる。 「あ、あっ、ごめん。迷惑だったよね、ごめん、わざわざ!」 明らかに様子のおかしい彼を呆然と眺めていると、おはよー!と後ろから肩を叩かれた。 長い綺麗な髪に、白い肌。ぱっちりした瞳に桜色の唇。友達の、凛さんである。 「あ、凛さんおはよ」 「おはよ。……って、二色君どうしたの?顔赤、い……まさか美咲!告った?!」 「何言ってんの凛さん!やー、二色君宛のチョコがあたしのロッカーん中入っててさー、びっくりしちゃった!」 シャレにならないことを言うな!と目で訴えながら、内履きを履く。 あっはっは、ビックリしたー!と豪快に笑う凛さんは放っておいて、ちらりとしゃがんでいる二色君 に目をやった。 ふむ、ロッカーの中からどうにか内履きを取ろうとしているけど、 いかんせんチョコが邪魔で取り出せないっぽい。そりゃあねぇ………まあ。 「二色君、あー、袋いる?チョコ入れるのに」 「え?あ、……借りてもいい?」 控えめに、かつ上目遣いでそう尋ねてくる二色君に少々胸をときめかせてしまった。いけないいけない。 いくら可愛くても、相手は学校のアイドルだ。プリンスだ。これ以上の会話はまずい!『二色君を守る会』の人たちにボコボコにされてしまう。 そんなことを考えながら、いいよー、と答えて鞄の中から大きめの袋を取り出す。通常の鞄に荷物が入りきらない時に使うために持ってきているのだが、まさか二色君に貸すことになるとは……人生とは分かんないものである。 大きく某キャラクターがプリントしてあって男の子にしては恥ずかしいかもしれないけれど、 少なくともこの袋にチョコを入れることによって内履きは取り出せると思うので、そこの辺りは目を瞑って欲しい。 「ありがとう」 天使の微笑みにほろ酔い気分になりながら、じゃあ、と告げて凛さんと教室に向かう。 今日は英語の小テストがある日だ。勉強してこなかったし、今から猛勉強しなくては!と 意気込んで階段を上り始めた。 少なくともこの時はまだ、あんなことになるとは思ってもみなかったのである。 親切はたまに、自分を不幸の罠に貶めることになるとは。 |