チョコレート日和というやつですか。

彼とあたしのファースト××・9









何が?と尋ねる前に、卓也君は「凛から聞いて!」と目的語の無い言葉を紡ぐ。
凛さんからいったい“何を”聞いたんだろうと首を傾げると、電話口の向こうで卓也君は他人事だというのに物凄く嬉しそうな声を上げた。

「紅と付き合うことになったんだって?」
「……誰と?」
「紅と」
「……誰が?」
「美咲ちゃんが」

このやり取りで、私ができたことといえば、「何でそうなったー!」と心の中で叫ぶことだけだった。
携帯を握り締め、電話口に向かってほとんど悲鳴のような声で言い募る。

「ななな何、何がどう、誰と誰が、えええー!何それ私聞いてない!っていうか私のことなのに私が知らないってどういう、じゃなくて、凛さんは何を間違った情報を伝えているんだー!」
「あれ?違うの?」

不思議そうな声を出した卓也君に向かって、私は電話越しに大きく何度も頷いた。
頭を振りすぎたせいか、それともありえない話のせいか、ちょっとくらくらしてしまう。

「ち、違うに決まってるでしょ!」
「でも一緒に映画見に行くんでしょ?」
「そ、それは行くけど、でも、それは山本さんと同じで!」
「山本さん?ええと、でも、二人で映画行くんでしょ?」
「そ、そうだけど、でも」
「だってそれ、デートじゃないの?」
「なっ、なにー!?」

やっぱりこれをデートというのかー!と私は目を見開いた。
『そうか、やっぱり……』と思う反面で、『いやでも私と二色君は付き合ってないし』とも思う。
混乱でふらりとよろけてしまった私の耳に、卓也君の「そうか、付き合うことになったわけじゃないんだ」と残念そうな声が届いた。
何で卓也君が残念がるのか理解できない。
首を傾げていると、卓也君は「そうかぁ」と心底残念そうに呟く。

「でもデートするってことは、紅のこと嫌いじゃないんだよね?」
「き、嫌いではないけど、」
でも、お付き合いするのは違和感があるというか……と心の中で付け加える。
すると卓也君は「じゃあまだ可能性はあるってことだよね?」と確認するような声音で尋ねてくる。
可能性?

「何の?」
「美咲ちゃんが紅のこと好きになる可能性」
きっぱりとしたその言葉に、私の思考は一瞬緊急停止した。

――― 私が、二色君を、好きに?

ぽこぽこぽこと三拍分の間があって、私はぷひゃーと噴出した。
「ええ?ない。ないよー。だって二色君だよ?学校のアイドルだよ?私なんかが好きになっても、相手が……」
ああっ、そうだ!私は二色君に告白まがいのことをされたのだった!と思い出す。
そ、そうか。これで私がイエスと応えれば、晴れて二人はお付き合いすることになって、つまりは恋人に……って、私と二色君が恋人!?なんという面白くない冗談!

自分が二色君の告白に応じた場合の展開を想像し、私はひええと腰を抜かしそうになった。恐ろしすぎる。
慌てて携帯を握り締め、卓也君に「ところで、明日のはデートなの?これをデートっていうの?これはまずいの?二色君が誤解してしまうかもしれないの?」と尋ねる。
すると卓也君は「そりゃ、普通好きな子を遊びに誘って、オッケー貰ったら期待すると思うけど。それに美咲ちゃんの場合はもう相手から告白されてるんだし」とむしろ不思議そうに言葉を紡いだ。

なんということだ!と目を見開く。
これは何としてでも明日はお断りしよう。
私は仮病が下手なので、こうなったら冷蔵庫から賞味期限切れの食べ物を探して胃に収めるしかない。
そしてお腹を痛くして明日はお断りしよう!と卑怯なことを考えた。

その考えが通じたのか、卓也君は慌てて「やっぱり明日の映画はやめるなんて言わないでね!」と声を上げる。
いや、今まさしくそれを思っていた。
そう伝える前に、卓也君は泣きそうな声で「そんなことになったら、俺が凛に何て言われるか」と細い声を漏らす。
何で私と二色君の映画鑑賞が駄目になったら、卓也君が凛さんに文句を言われるのだろう。
疑問に思いつつも、今気にするべきはそんなところではない。
ということで、私は卓也君に「何て言って断ったら傷つかないと思う?」と真剣な声で尋ねた。

「駄目―!」
卓也君の声が木霊した。















翌日、私は待ち合わせ時間の15分前に駅に到着した。
服装は昨日決めた通りの花柄のワンピースだ。それからお気に入りのコートに、履き慣れたブーツ。髪の毛もそれなりにセットした。
ちゃんと普通に可愛い格好をしたと思う。
それにしても、と呟いて隣を見上げる。

「レン、途中でお腹痛くなったりしないでね。昨日変なもの食べてないよね?アイス食べ過ぎたりとかしてないよね?絶対絶対、先に帰らないでね」
「お前じゃないんだから変なものも食べないしアイスの食べすぎもない。それよりフラフラするな、しゃんと立て」

このやり取りから分かるととおり、現在、私の隣にはレンがいた。
電車に乗り、待ち合わせをした大きな映画館が近くにある駅まで約30分。久しぶりにレンと二人並んでみたわけだけれど、相変わらず女の子の視線が物凄かった。
今だってちらちら、どころかじろじろと視線をぶつけられている。
まあ、慣れていないわけではないんだけど、と高いところにある綺麗な顔を見やる。

レンと二人だけで出かけるのは数年ぶりだけれど、家族ぐるみでの旅行や食事なんかは年に何度かある。
そういうときに、レンと並んで歩き、周囲の女の子に不躾な視線を向けられる多々あるわけだ。
レンは私の視線に気付き、何だ、と問うてくる。

私でもこの面倒な視線に慣れてしまったんだから、毎日こんな視線を浴びているレンは完全に慣れているんだろうなぁなんてこっそり考える。
疲れそうだけど、まあ慣れてしまえばそういうものなのかな。

何でもない、と首を横に振って、視線を前に向ける。
ちょうど二色君が改札を抜けるところで、彼もこちらに気付いたらしく、軽く手を振られる。
慌てて手を振りかえしながら、私はちょっとだけドキドキした。

遠目に見ても、二色君のきらきらっぷりは半端じゃない。
というか、まずスタイルがいいんだよなぁと小走りでこちらに駆けてくる姿を見つめる。
身長はそんなに高いというわけでは無いんだけど、何と言っても足が長いし、腕も長いし、頭が小さい。
これで顔が格好いいとくれば、それは目を引かないはずがない。

二色君に視線を向けている女の子は多く、うっかり私も見とれてしまった。
だって、二色君はスタイルも顔もいいけど、歩き方がすごく綺麗なのである。
レンもそうだし、お母さんに言われて日舞を習っているという凛さんもそうだけれど、動き方の綺麗な人というのはやっぱり目を引く。

ということで、二色君は学校でのきらきらオーラをそのままに、おはよう、と私の目の前までやって来た。
ほわほわの笑顔に、私もつられて笑顔になる。
そうして「おはよう」を返したところで、二色君は隣のレンにも「おはよう」と視線を向けた。
レンも挨拶を返すのを見つめつつ、慌てて二色君に向かって「あのね!」と声を投げつける。

「あのね、レンも同じ映画が見たいって言ってね、それで!二色君に確認しないで決めちゃってごめんね。でも、あの、その、二人は友達みたいだし、その、いいかなあって、思って……」

言葉がだんだんと尻すぼみになってしまう。
そろそろと視線を上げ、二色君を窺うと、「勿論いいよ、3人で行こう」と笑ってくれた。
ほっと胸を撫で下ろし、あたしもえへへと笑う。二色君はやっぱり優しい。

「レンもこういうの好きだったっけ?」
「ああ、まあ」
そんな言葉を交わしている二人の様子は普通に仲の良い友達だ。

いやー、もしかして二色君が嫌だって言ったら、いったい何を食べてお腹を痛くするか考えていたし、実際に賞味期限の切れた豆腐を鞄の中に入れてきているのだが、よかった食べるはめにならなくて!と私もにっこり笑顔になる。

学校の王子様と騎士様が私服で並ぶ光景はなかなか壮観だ。
きらきらオーラが2倍になって、女の子の視線も倍率ドン!という感じ。
いやいやしかし二人とも本当に画になるなあ。このまま「はい撮りまーす」“ぱしゃっ!”で、メンズ雑誌の1ページに載りそうだ。

そんなことを考えつつも、意識はだんだんこれから見に行くホラー映画に向いていく。
山本さんはもう見てしまったらしく、「すごく面白かったよ!」と興奮していた。
彼女とは結構感性が似ているようなので、山本さんが面白いというなら面白いに違いない。
血がぶしゃーで、どばーで、ぎゃー!だった!と楽しそうに話す山本さんを思い出し、私のテンションも上がっていく。

映画の始まる時間はチェックしてある。それまでにしばらくは時間があったけれど、早く映画館に入って、トイレを済ませ、ポップコーンとジュースを買って、映画に集中できるようなベストコンディションにしなくては!と燃えてくる。
ということで、私は「早く行こう!」勢いをつけながら声を発した。

「そんなに急がなくても、まだ余裕はあるだろう」
「余裕なんてない。早く映画館に行ってベストコンディションにしないと!」
「じゃあ、行こうか」

二色君は笑顔でそう言って、私の左隣に並ぶ。
男の子なのにシャンプーのいい匂いがふわっと風に乗って私に届き、イケメンは匂いまでいいんだなと感心する。
レンも「そんなに急ぐ必要はあるか?」と面倒くさそうだったけれど、それでも私の右隣に立って歩き始めた。
ちなみにレンはおばあちゃんの家の匂いがする。お香っぽい匂いがする、というか。
これはこれで嫌いな匂いではないんだけど、と思いつつ映画館に向かって歩く。

その途中、大きなガラス張りのビルがあって、私はふとそれに視線を向けた。
そうして、ハッと気付く。

今の私、まるで連行される宇宙人のようではないかー!

右隣を歩くレンはもう少しで190センチに届くのだったかというほど身長が高く、左隣を歩く二色君も170センチちょっと……たしか175センチだったか176センチだったか、くらいだ。
対して私はといえば、女子の平均身長とほぼ同じ、155センチくらいなのである。
二色君とは20センチ差、レンとなんてもしかして30センチも違うかもしれない。しかもそういえば二人ともイケメン。

今更ながら、私は何故ここにレンを呼んだのかと自分を恨んだ。
いや、レンが居なかったら二色君と二人きりだったわけで、それだけは避けたいし、やっぱり呼んでよかったと思うんだけど、ああ、でもやっぱり昨日の夜のうちに賞味期限切れのお豆腐を食べておくべきだった!と頭を抱える。
そうすれば私のお腹が痛くなる以外はすべて丸く収まったはずなのに!

そんなことを考えつつ、何とかレンの右隣に移れないかと思案しだす。
そうすれば二色君、レン、私、の並びになるわけで、レンから1メートルほど離れて歩けば、周囲の人も私と彼ら二人が一緒に行動しているなんて思わないだろう。
しかしもうこの並びで5分は歩いてしまったわけで、今更並びを変えようとするなんて何だか不自然か。
何か自然にレンを真ん中に来させる方法は……と考え、私は通りかかろうとした雑貨屋さんの前でぴたりと足を止めた。同時に両隣の二人も足を止める。

私はアカデミー賞を狙う女優になったつもりで、「これかわいい!」と声を上げた。
視線の先には、お気に入りのキャラクターのストラップがある。
脱力感のあるうさぎのキャラクターで、見ていると何だか癒される。
今持っている携帯のストラップも、ひとつはそのうさぎのキャラクターがついたものだ。
レンはこの可愛さが理解できないらしく、どこが可愛いんだと首を傾げているが、二色君は「紫藤さん、似たの携帯につけてなかったっけ?好きなんだ?」と言葉を紡ぐ。
私はうんと頷いた。

似たようなものを付けているのに更に増やしてどうすると、レンの視線は言っていたが、それは無視して「買おうかなあ」と呟く。
実際にこのストラップは欲しいし、今度凛さんと買い物に来たら買おうと思ったけれど、でも、こういうストラップの先がぬいぐるみタイプのやつは、それぞれ顔が違うのだ。
ゆっくり選びたいし、今はそんな余裕が無いので、買うときではない。
私は「でも買うのは今度にする」と言って、再び映画館へとつまさきを向けた。

そして二人も歩き出そうとしたとき、私はささっと自然な動作でレンの右隣に移動する。
よしこれで二色君、レン、私の並び順だ!あとはレンから1メートルの距離を空けて歩けば……!―――そう思ったのだが、しかし。

「フラフラするな。ちゃんと前を向いて歩け。他人に迷惑をかけるな」
お母さんのようなことを言いながら、レンは再び私を二人の中央に置いた。

なんてことを……!なんてことをするんだ……!せっかく超自然に隊列移動ができたというのに……!

努力を水の泡にされ、打ちひしがれながら映画館へと向かう。
しかし、映画館に着く頃には、連行される宇宙人としての立場を忘れ、私のテンションは復活していた。
わー!楽しみー!そう思って映画館に飛び込んだ私の後ろで、そっと小さなため息が聞こえた気がしたけれど、どちらの唇からこぼれたものなのかはちっとも分らなかった。













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