チョコレート日和というやつですか。

彼とあたしのファースト××・10









ざわざわとうるさい映画館に飛び込み、目当ての映画のポスターを発見し、あたしのテンションは更に上がった。
くるりと後ろを振り向けば、イケメン2人が視界に入る。
特に二色君の笑顔たるや、目が眩みそうなきらきらっぷりだったが、ぷるりと軽く頭を振って目を慣れさせた。

「よし、じゃあレンはチケット3人分買ってきて!あたしは飲み物とポップコーンを買ってくる!二人ともポップコーン何味がいい?」

レンも二色君もポップコーンはいらないらしく、塩味とバター醤油とキャラメル味を買って色んな味を摘もう!という素敵な計画は脆くも崩れ去った。
仕方ない。オーソドックスに塩だな、と結論付け、飲み物は何がいいか尋ねる。
レンはお茶系なら何でもいいし、「二色君は?」と問うと、二色君は「俺も何でもいいけど」と答えながら、あたしの隣に並んだ。

「でも一人で持てないだろうし、一緒に行くよ」
「……ええっ、いやっ、一人で大丈夫だよ!うん、大丈夫!」

慌ててそう言うけれど、二色君はどこまでも紳士的らしく、一緒に行くと言って譲らない。
あまり拒否するのも何だか申し訳ないし、ということで、あたしは「じゃあ、お願いします」と肩を狭くしながら呟いた。


休日の映画館の混みっぷりはたいへんなもので、チケット売り場にも売店にもそこそこの行列ができている。
これはスムーズに進んでも20〜30分はかかりそうだ、と思わず眉をしかめた。
混んでるねえ、そうだね、なんて言葉を交わしつつ、二人で売店の列に並ぶと、二色君は笑顔を絶やさずに「映画はよく見るの?」と尋ねてきた。

「うーん、そんなに、かなあ。でも何だかんだで月に1本くらいは見るかも」
「へえ、前は何見たの?」
「えーっと、タイトル忘れたんだけど、地球が宇宙人に襲われて、死んだ人の中に宇宙人が入っちゃうやつ。3Dで見たんだけど、どうもいまいちだったかなあ。どうも迫力に欠けるというか、ストーリーにいまいち入り込めなかったというか……映像は綺麗だったんだけど」
「あ、俺もそれ見た」
「え、本当に?どう思った?」
「うーん、―――」

なんて言葉を交わしつつ、並んでいる間、私達はなかなか和やかなムードだった。
そうだった、二色君はもともとすごく話しやすいタイプの人なんだよな、と思い出す。
守る会とやらのおかげで話しかけにくいけれど、実際に話してみると、話すのも聞くのもうまいのだ。
ちなみにレンは決して話し下手でも聞き下手でもないが、レンとの会話では二人で一緒に盛り上がることはほとんどなく、たいていあたしが一方的に盛り上がってレンに適当な相槌を打たれることが多い。
あれはあれで普通に楽しいのだけど、レンの歴代の彼女たちもああいう態度をとられるのだろうか。恐ろしい。

二色君との会話を楽しんでいるうちにどんどん列は進み、ついに私たちの番になる。
「紫藤さん、飲み物、何にする?」
「えっと、オレンジジュースにしようかなあ」
烏龍茶もいいけど、それならレンのを一口貰えばいいか、と思いそう口にする。
二色君はスマートに、店員さんに「じゃあ烏龍茶二つと、オレンジジュースが一つと、ポップコーン一つお願いします」と伝えている。
すると店員さんはにっこり笑って、口を開いた。

「現在、カップルキャンペーンを実施しておりまして、カップルでご来場された方でドリンクを二つ以上お買い求めされた方にポップコーンをお一つプレゼントさせていただいております」

わー、嬉しいー、ありがとうございまーす、と言おうとして、あたしはハッと目を見開いた。
かかか、カップル……!?だ、誰と誰が!?と目を見開き、雷にびしゃーんと打たれたように固まる。
あたしがカップルの単語に放心している間に、二色君はスマートにお会計まで済ませてしまう。
結局塩バターとキャラメル味のポップコーンを入手できたわけだけれど―――一つ無料になるならば、是非2種類を食べたいではないか―――、二色君とカップルに間違われてしまうだなんて、こんなことならあたしが映画のチケットを買いに行って、レンと二色君がカップルに間違われればよかったものを!と歯噛みする。

ドリンクのカップは二色君、あたしはポップコーンを抱えつつ、レンと合流した。
案の定レンは「二つもどうするんだ、そんなに食べられないだろう」とうるさい。
一つはタダだったんだからいいでしょ、とそっぽを向くと、どうしてかと問われる。

「だってカップ……の、飲み物二つ頼んだら、1つ無料になった!」
カップルキャンペーンで、と言おうとして、その単語を口に出すことがとんでもなく恥ずかしくなって、慌てて言い換える。
レンはそれでも二つもどうするんだと眉を顰めていたが、レンだって二色君だって、あったら食べるし、食べたら止まらないに決まっている。
ポップコーンはそういう食べ物だと言うと、二色君にちょっと笑われてしまった。
レンに笑われても何笑ってるのとチョップできるが、二色君に笑われると恥ずかしい。あたしは視線をふらふらさせて、だってポップコーン美味しいよ、と呟いた。

それにしても、と周囲を見渡す。
映画が始まるまで時間はたっぷりある。チケットは購入できたし、ジュースとポップコーンも買ったし、トイレも行ったし、パンフレットも買った。
映画を見る前にしておかなければならないことの全てを終えた今、あたしは猛烈に困っていた。
トイレに行きたいけど行けない、とかではない。そもそもさっき行ったばかりだ。
では何故かといえば、時間もあるしベンチにでも座って待っていようということになり、まずは二色君が右端に座り、そこで空気を読まないレンが左隅に座ったおかげで、あたしは二人に挟まれる形でベンチに座ることになってしまったのである。
別に雰囲気は悪くないし、3人でそれなりに和気藹々と話しているのだけど―――

「ちょっとお手洗い行って来る」
さっと立ち上がってそう言うと、レンは「お前……体調が悪いんじゃないだろうな」と尋ねてくる。
どうやら心配してくれているようなのだが、それはそうか。だってトイレは5分ほど前に行ったばかりなのだから。
全然大丈夫、と答えて、そそくさとトイレの方向に向かう。
二人とも何だか心配してくれているようだけど、そんなことより周りの視線を気にして欲しい、とあたしは心の底から思った。


そう、あの二人といると、たいへん目立つのである。
いや、まあ、勿論分かっていたけれど、でも今まではずーっと移動してきたのだ。
人々は通りすがりに「やべー何あのイケメン!」とこちらを振り向きはするが、当然ずっと着いて来て二人のイケメンっぷりを観賞するわけではない。
しかし、ここは映画館だ。みんな映画を見に来ているけれど、今は待ち時間。すごく暇のはずだ。
あたしはパンフレットをじっくり眺めるタイプだけど、凛さんは映画館での待ち時間は人間ウォッチングをすると言っていたのである。
凛さんのように人間ウォッチングというほどのことをする人は少ないのかもしれないけれど、映画の待ち時間というのはそれなりに暇で、適当に周囲を眺めている人はそれなりに多いはずだ。
ホラー映画仲間の山本さんも映画の待ち時間はぼーっと周り見てるか携帯触ってる、と言っていたし。

そして、それは、つまり!
イケメン二人を観賞している人間がかなり多いということである……!
しかも、折りしも今日は新作映画の上映が始まる日。
しかも内容がごてごてのラブストーリーで、その原作は書籍化、漫画化までされた携帯小説ときたら、中学〜高校生の女の子がぎっしり!というわけである。
2,3人の女の子グループは結構多く、彼女らの7割くらいはちらちらと(もしくはじろじろと)ベンチに掛けて談笑している二人を見つめている。
今まであの二人の間のスペースに自分が居たなんて恐ろしすぎる。
冷や汗を拭いつつトイレに向かい、手洗い場で深く深呼吸をした。
芳香剤の香りが胸いっぱいに広がってしまったが、さっきのあの息の詰まりそうな空間に比べれば、こんなもの!なんて思う。
やっぱりレンを連れて来たのは間違いだったような、でもそれだと二色君と二人っきりだったし……と何度も考えたことを考えつつ、トイレから出る。
さすがにあまり長居するのも嫌だ。しかし戻るのもちょっとな……なんて考えつつ、ふらふらしていると、「紫藤?」とどこかで聞いたことのある声がかかる。
声の元を探ろうときょろきょろすると、そこには―――

「誰ですか」
知っているような気がしたものの、やっぱり知らない男の人がいた。
背は高く、あたしではまず間違いなくチョイスできない服を着ている。いや、嫌な意味じゃなくて、いい意味で。
不思議な形のトップスに、ゆるっとしたパンツ。柄×柄はあたしにとっては鬼門だというのに、彼は妙に着こなしている。
基本はモノトーンでかっちり系の服装のレンがこれを着たら物凄く似合わなさそうだし、カジュアル系の二色君がこれを着てもやっぱり似合わなさそうだけど、このオシャレ上級者さんが着ていると何か妙にしっくりくる。

しかし、な、なるほどこれが今の流行か!と思って真似をしたら大変なことになりそうだ。
そもそもそのどピンクのパンツはいったいどこで買えるんだろう、とまじまじとその人を見つめていると、その人はやけに大きな―――でもこれも似合っている―――黒ぶちの眼鏡を外して、口を開いた。

「え?誰って、俺だって俺。え?分かんない?」
いや、こんなオシャレ上級者の男の知り合いはいない、と心の中で呟き、頷く。
するとそいつはわははと笑って、「えー、俺だって。新聞部の白石」なんて言いながら自分を指差した。

白石、新聞部。

その二つの単語に、あたしは「お前かー!」と憤怒の声を上げた。
この男には先日煮え湯を飲まされたばかりだ。
人が二股かけてみるみたいな変な記事書きやがって!と白石を睨み付ける。

どうやら奴は一人で来ているようで、へらへら笑いながらこちらに近寄り、よーしよしよしよし、とどこかの動物好きのおじさんみたいにあたしの頭を撫で回した。
「ぎゃー!一応セットしてあったのにー!」
そう叫ぶと、白石は寝癖かと思ったと笑う。

な、何と言う失礼な男……!
先日から何度も何度もいったい何のつもりだ!と目を吊り上げると、白石はごめんごめんと謝りながら、手櫛で髪を整えてくれる。

「紫藤は一人?何見に来たんだ?」
「サーシャの丘っていうホラー映画。一人じゃな……一人!すごく一人!」

こ、この男に二色君とレンの3人で映画を見に来たなどと知られたら大変なことに!と冷や汗を流す。白石は「えっ、マジで?俺もそれ見に来たんだけど」と驚いた様子で声を上げた。

「ええっ!?何で!?」
「いや、何でって、面白そうだし。俺この監督の映画全部見てる」

何と!とあたしは目を見開いた。
何を隠そう、あたしもこの人の撮るホラー映画が大好きなのだ。じわじわ、ぶしゃー!ぎゃー!みたいな。
山本さんはこの監督の映画は当たり外れがあると言っていたけれど、あたしは全部好きなのだ。
あたしは少し興奮しながら、「え?本当?あたしも!」と声を上げた。
白石は人の髪を触ったまま、「マジマジ!」と頷く。

「やっぱ一番よかったのは3作目の絶望の森かなー。いや、あれはよかった」
「あたしもー!あたしもあれが一番好き!」

山本さんいわく「微妙」との評価の“絶望の森”は、たしかに世間一般からも微妙な評価を受けている。☆5つ中☆3つ、くらいの。
しかしあたしはあれこそがこの監督の撮った映画で最も素晴らしい作品だと思っていたのだけど、何とこんな近くに仲間がいたとは!と目を輝かせる。
白石は人の頭の上で何やらごそごそしていて、あたしは今更ながら自分の髪型がどんな風になっているのか心配になった。
まさか人の頭にトルネードをつくってソフトクリーム!とか微妙なネタやらないだろうな。
子供じゃあるまいし、まさかね!そう思うものの、やっぱり心配になって「何してるの?と尋ねる。
同時にどうやら白石のヘアーセットタイムは終了したらしく、手が頭から離れていった。
白石は満足気だが、あたしは不安になって鞄から鏡を取り出す。
そして鏡に映った自分を見て、思わずおおおと声に出してしまった。

「編み込み!すごい!」
頭のてっぺんよりちょっと前髪よりに、ゆるく編み込みがされている。ワックスでサイドをふんわりさせていて、自分で言うのも何だけど、いつもの2割増くらい可愛くなったように見える。
おー!と声を漏らすと、白石はぱっと笑顔を浮かべて、口を開いた。

「紫藤髪柔らかいなー。パーマとかあんまりかからなさそう」
「えっ、あたし、大学生になったら髪染めてパーマかけようと思ってたんだけど!」
「いや、かかんねーこともないと思うけど、きつめにかけないと厳しいかも。ゆるーくかけると多分すぐ落ちると思う」
「えええー!」

なんてショック……とうなだれると、「白石は紫藤の髪質、うちの猫に似てるなー」と人の髪を触りながら呟いた。
褒められているのか褒められていないのかよく分からない。
そうして二人でこの監督の作品についてしばらく語り合ったところで、携帯がメールの受信を告げる。
あれ?誰だ?と、ぱちんと携帯を開き、メールを確認して、あたしは「そうだったー!」と思い出した。
レンが「そんなに体調が悪いなら帰るぞ」とおっしゃっているのだ。
そりゃ、トイレに10分も閉じこもっていれば―――実際は、そのうちの9分は白石とトークをしていたわけだが―――心配するのも無理は無い。
あたしは慌てて携帯を閉じ、それじゃあそろそろ、と逃げ出そうとした。
たしかにもう15分もすれば映画 は始まるし、ちょうど会場に入れるようになった頃なのだ。
これ幸いと逃げ出そうとしたけれど、白石はじゃあ俺もそろそろ行くかなと着いて来る。


あれ。ちょっと待って。
こ、これは、もしかしたらもしかしなくても、まずい状況なのでは?

あたしのこめかみに、そっと冷や汗が伝った。















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