チョコレート日和というやつですか。

彼とあたしのファースト××・7









時間のせいかまだ人の居ない図書室のドアをぴしゃーんと開き、ついでに二色君がいるという司書室のドアもぴしゃーんと開く。
司書さんが居るかもしれないと途中で思いつき、「おはようございます!」とドアを開けた勢いのままに大きな声で挨拶をすると、そこにいたのは驚いた表情の二色君だけだった。

「お、おはよう。紫藤さん」
何とか挨拶を口にした二色君の、その真ん丸になってしまった目に、私は一気に恥ずかしくなった。
人が居ようと居なかろうとここは図書室!図書室では静かに!
ということで、慌ててごめんと小さな声で謝る。
どうやら本を読んでいたらしい二色君は本をぱたんと閉じて、いつものように、春の陽だまりのように、微笑った。

「今日は早いね、どうしたの?何か探してる本でもあった?」
朝だというのに、もしくは朝だからというべきか、キラキラ度数の高い眩しい微笑みに、うっと目を瞑る。
二色君はにこにこしたまま、首を傾げた。
「探してる本があるなら手伝おうか?」
その優しい申し出に、私は探しても居ない本の題名を言おうとして、慌てて首を横に振った。

「ううん!大丈夫!」
いけ、私。何も考えるな。眩しい微笑みを見るな。レンに言われたとおりにするんだ!と先程の腹立たしい事件も思い出しつつも、私は大きく口を開いた。

「ごっ、ごごごごごご、ご、」
「ご?」
「ごめんなさいあなたとはつきあえません!」

い、い、い、言ったー!言えたー!と、それだけで私の心の雲が一気に晴れる。
ぱあっと明るくなった心の空に虹が伸びる。鳥が歌う。桜が舞う。
思わず笑顔まで浮かびそうになった私に、二色君は何故か突然「そういえば紫藤さん、今週の土曜日は空いてる?」と今の私の発言とは全く関連性の無い言葉を口にした。

「へ?」
こういう間抜けな声が出てしまったのも仕方が無い。
二色君は今の私の言葉が聞こえなかったのか?それとももしかして、今のは私が言ったつもりになっただけで、実際は口に出していなかったのだろうか。
そんなありえないことがぽこぽこと思い浮かんでは消えていく。
二色君は状況を理解できない私に向かって、「映画見に行かない?」と更にわけの分からないことを言い出した。

―――何故、この状況で、映画?

さっぱり理解できずにぽかんと口を開けて固まると、二色君は照れたように笑って―――う、眩しい!―――ゆっくりと唇を開いた。

「この前守屋さんと話してなかった?」
「り、凛さんと?」

親友の名前を呟き、そういえば、と数日前のことを思い出す。
私は結構ホラー物映画が好きで、最近新しく面白そうなホラー映画が始まったから見に行きたいと思っていたのだった。
でも、凛さんはホラー映画は苦手らしい。
というか、ああいうところに行って「きゃあきゃあ怖〜い」といちゃいちゃするカップルが苦手らしいのだ。
ということで、素気無く断られてしまい、こうなればレンを誘ってみるか、と思っていたといえば思っていたのだけど……

「二色君ホラー映画好きなの?」
意外すぎる趣味に、私は少しびっくりしながら尋ねてみた。
すると二色君はうんと頷く。

「で、でもこれ、ぶしゃーでびしゃーでぐちゃーな感じのやつだよ、大丈夫?」
擬音語が入りすぎた、意味の分からない説明に、二色君はそれでもうんと頷く。
へえええ、すっごく意外だ!
ぱちぱちと瞬きをして二色君を見つめると、「土曜日は空いてないかな?日曜日でもいいけど」と問われた。

「えっ、ど、土曜日、大丈夫だけど、ええと」
あれ?私、二色君にお付き合いできませんって断りに来たんだよね。何で一緒に映画に行くような話の流れに……と考えようとしたところで、二色君はぱっと笑顔を浮かべる。
「じゃあ土曜日、駅で10時に待ち合わせしよう」
ええっと、でも―――と言葉を口にしようとするけれど、「俺も見たかったんだけど、誰も一緒に行ってくれる人が居なくてどうしようかなって思ってたんだ」とはにかみながら言われては、断りにくい。
たしかに私も映画は見に行きたいし、今のところ一緒に行ってくれる人はいないし、と思い、曖昧に「じゃあ、うん……」と頷いてしまった。

私の反応に、二色君は「じゃあ土曜日、10時に駅で」と簡潔すぎるくらい簡潔に言って、じゃあ朝練があるから、と読みかけの本を手に持って図書室から出て行ってしまう。
「あ、朝練頑張ってねー」と細い声で告げて、あれ?あれあれ?と今の話の流れを思い出してみる。

私はたしかに、二色君とお付き合いできませんごめんなさい、と言った。
レンの言う通りにした。
しかし、結果としては予想していた「そう……ごめん、次の恋を見つけるよ」ではなく、何故か今週の土曜日、一緒に映画に行くことになってしまっている。
これはいったいどういうことだと首を傾げ、とりあえずレンに相談してみようとレンの教室に足を向けた。
ちなみに、この後レンに今の話の流れを説明すると、「お前の頭は金魚以下か!」と叱られた。

いやいやいや、だってレンは断った後に映画に誘われる可能性があるなんて、一言も言ってなかったでしょ!







「ということなんだけど、凛さん、何がいけなかったと思う?」
「何もいけなくないわよ。蓮井がおかしいわよ、それは」

お昼の時間、凛さんと中庭のベンチに座りつつ、私は今朝のことを話していた。
近所のパン屋さんで買ってきたというブルーベリーとクリームチーズの挟んだベーグルをちぎり、ぽいと口に入れた凛さんはそれを咀嚼してから「いいじゃないの」と言葉を紡ぐ。

「いいじゃないの。だって美咲はその映画見に行きたいんでしょ?でも、一緒に行く相手が居ないでしょ?それで、二色君が一緒に行ってくれるって言うんでしょ?それなら何も問題は無いわよ。一緒に行けばいいじゃない」
そ、それはまあそういう理論になるといえばそういう理論になるけど、と頷く。
しかし、私はたしかに交際を断りに行ったはずで、それなのに週末一緒に映画に行くっていうのは何かおかしいような気が、と一つ唸り声を上げる。
すると、凛さんはむしろ呆れたように、「美咲」と私を呼んだ。
「うん?」と視線を上げれば、凛さんは空は青いしポストは赤いだろうと当たり前のことを言うような表情で口を開く。

「美咲、この前山本さんと映画見に行ったって言ってたわよね」
「え?うん」
クラスメイトの山本さんとは、最近まであんまり話すことがなかったのだけど、ある日山本さんもホラー映画が好きだということが判明し、意気投合して二人で映画に出かけたことがあったのである。
それ以来、単なるクラスメイトでしかなかった山本さんとは仲良くなり、たまに一緒にホラー映画を見に行ったり、先日なんて山本さんのお家にお邪魔して、おすすめのホラー映画を持ち寄ってDVD鑑賞会まで行った。
学校では黒ぶち眼鏡、丁寧に編まれた三つ編み、膝まで隠れるようなスカート、という模範的優等生な彼女は、眼鏡を外して三つ編みを解いて私服を着たらとんでもない美少女だった、という新発見は置いておいて、それはもう楽しい時間だったのを思い出す。
しかし山本さんと映画に行ったことがどうかしたのかと首を傾げると、凛さんは何故かこっくりと頷いた。

「映画を見に行く前までは、山本さんのこと単なるクラスメイトだと思ってたでしょ?」
「それはまあ、うん」
話したことなかったし、と頷く。
すると凛さんは「じゃあ、美咲と二色君の関係は何」と尋ねてきた。
何故そこに話が飛ぶのか分からないけれど、答えは明白だ。

「単なるクラスメイト」
である。
その言葉に凛さんはきらりと目を光らせ「だったらこの前山本さんと映画を見に行ったのと同じことよ。ぐだぐだ考えてないで映画に行って来なさいよ」とおっしゃられた。
凛さんの自信満々な声音に、―――な、なるほど。そう言われてみればそうかもしれない、と頷く。
たしかに、趣味が同じなら一緒に映画に行ってもおかしくはないはずだ。
いや、でもやっぱり何かおかしくない?だって山本さんは女の子で、二色君は男の子で、ついでに言うなら美少年で学校のアイドルでファンクラブらしきものまで存在しているのである。
ということで、反論しようと口を開いた私だったけれど、凛さんは「私だって卓也のこと何とも思ってないときに一緒に映画くらい行ったわよ」と自分の経験談を持ち出した。

恋の話とか、そいう甘ったるいものが苦手な凛さんが自らこういう話をするのは珍しい。
私はちょっと驚きながら、ふへえ、と間抜けな声を零して頷いた。
結局それから何の映画見に行ったの、とか、どっちから誘ったの、とか色んな話をして、お昼の終わりを告げるチャイムが鳴った。
凛さんは慣れない恋の話に疲れた様子だったけれど、私はもしかしたら初めてだったかもしれない親友の甘酸っぱい恋の話を聞いて、とても浮かれていた。

そしてそのまま一日が終わり、金曜日まで日は進み、金曜日の夕方、家に帰ってクローゼットを眺めつつ、私は再び「やっぱり何かおかしいような」と思いだした。
しかし、決戦を明日に迎えて今更断れるはずもなく、私は何だか妙な居心地の悪さを感じつつ、服を選び始めた。
あんまり可愛い格好で行くのも違うし、だからといってあんまり変な格好をするのも嫌だし、とクローゼットを漁りつつ考える。
この前買った花柄のワンピースを着たいんだけど、そんなの着ていったら気合が入りすぎていると思われるのだろうか。じゃあこっちのシフォンのブラウス……も可愛すぎるのかなあ。

うんうんと悩んで30分後、私はようやくたかがクラスメイトと映画に行くだけなのに、こんなに服装で迷う必要はない!と思いつき、やっぱり最初に選んだ花柄のワンピースを手にした。
服を体にあててみながら、決まってよかった、と胸を撫で下ろす。
まあ、クラスメイトと映画に行くだけだし。別にデートとかじゃないんだし……って、で、デート!?もしかしてこれはデートとかいうんじゃないの!?と馴染みの無い単語が思い浮かんだ。

いや、でもデートは付き合ってる人同士がするものでしょ?私と二色君は付き合ってないし違うよね!と考えつつ、部屋をうろうろする。何か混乱してきてしまった。
いや、でも、ああ、うう、明日台風が来ればいいのに!電車が動かなくなればいいのに!と頭を抱えたところで、携帯が着信を告げる。
もしかして凛さん?と親友の顔を思い浮かべ、慌てて携帯を開く。
するとそこに表示されていた名前は凛さんの名前ではなくて、彼女の恋人の卓也君のものだった。

珍しいな、いったい何だろう、と不思議に思いつつ携帯を開いて「はい、もしもし?」と声をかける。
卓也君の第一声はこうだった。

「おめでとう、美咲ちゃん!」

え、何が?












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