チョコレート日和というやつですか。

彼とあたしのファースト××・7









二色君に会ったら、目を合わせずに開口一番「ごめんなさい、あなたとは付き合えません」!
二色君に会ったら、目を合わせずに開口一番「ごめんなさい、あなたとは付き合えません」!
二色君に会ったら、目を合わせずに開口一番「ごめんなさい、あなたとは付き合えません」!


脳内で何度も繰り返し、冷や汗をかきながら校門をくぐる。
私が不安でいっぱいになっているというのに、レンは簡単に「さっさと終わらせて来い」と言って、二色君がいるという秘密の場所を教えてくれた。
いや、秘密というほど秘密ではないんだけど、二色君はだいたい毎朝図書室に通っているらしい。ぜんぜん知らなかった。
でも、それだったら二色君を守る会の人たちが毎朝物陰からひっそり観賞していそうじゃないか、と眉を寄せる。
すると、レンは「司書室の方にいるから、多分知られてないんじゃないか」と靴箱の前でぐずぐずしている私の背中を押した。
司書室?そんなところ一般の生徒が入れるの?と思ったが、これ以上無駄口を叩けば叱られそうだ。
仕方なく、私は教室とは逆の方向、つまり図書室の方向へと足を向けた。

ああ、ちゃんと言えるかなあ。言えなかったらどうしよう。
ずるずると、足を引きずるようにして図書室へと向かおうとする私に、レンは「おい、美咲」と私の名前を呼ぶ。

「何?」
新しい『対イケメン☆非攻略法〜イケメンに不快感を与えない、上手な交際お断り法〜』でも教えてくれるのか、と後ろを振り向いた。
レンは私が振り返ると同時に、すたすたと長い足を動かして、あっという間に私の前までやって来る。

「な、何?」
怯みながら問えば、レンは何を思ったのか、気持ち悪いくらい丁寧に、そっと私の肩に手を置いた。

「?何?どうかした?」
私の問いかけに応えず、レンはただじっと私と目を合わせ続ける。
変なものでも食べたのか?いや、でも昨晩も今朝もレンと同じものを食べているはずの私は、別にどこもおかしくないのだけど。
そう思いつつ、こてりと首を傾げた。

そういえば、レンとは17年間幼馴染をしているけれど、よくよく思い返せば、こんな至近距離で目を合わせたのは初めてかもしれない。
この男、やっぱり整った顔してるんだなぁと、見慣れたはずのレンの顔を見つめる。
これは女の子たちがとろんとしてしまうのも無理は無いな。私だって幼馴染じゃなかったら、もしかしたらレンのこと好きになってたかもしれない。
よかった、そんな無謀な恋をすることにならなくて!と晴れやかな気分になったとき、レンは「美咲」と私の名前を呼んだ。
その声はとても真摯で、表情だって真面目なものだ。
いったいどうしたのかと思いつつ、私もなるべく緊張したような面持ちで何?と尋ねる。

そうして、レンはそんな私を見つめたまま、
「―――好きだ」
と地球が爆発しても言わなさそうな言葉を口にした。


好きだ、好きだ、好きだ……頭の中で綺麗にエコーがかかる。
それにつられるように、私の脳内は混乱しはじめた。
ぽかんと口を開いた間抜け面で見つめる先のレンには、冗談を言っている雰囲気というのが感じられない。
いや、まあレンのことだし真顔で冗談を言うことは多々あると思うけれど。
いやいや、しかし、え?レンはいきなり何を言い出すのだろう。

思わず零れた「は?」の言葉に、レンはいつものように「人の話を一度で理解できないのか」とか「何度も言わせるな」だとか意地悪なことを言わずに、もう一度簡潔に「好きだ」の三文字を口にした。
これはいよいよおかしい。いったいどうしたんだろう。
レンはなかなかそういう言葉を口にしないというのに、少しどこかのネジが緩んでしまったのだろうか。いや、っていうか、ネジが緩んだも何も、そもそもどうして私に「好きだ」なんて言うのだろう。

いや、そりゃあまあ、私だってレンのことは好きだけど、それはあくまで幼馴染としての好意で、恋人としての好意ではない。
そんな風にレンのことを見たことは、一度も、まったく、全然、これっぽっちも無いのだ。
そこまで考えて、こんな美形の幼馴染がいて、よく一度も恋愛対象としてレンのことを見なかったなぁと、自分に少し驚く。
一度くらいレンのことを好きになっててもおかしくないような、と考えたところで、そういえば幼稚園のときはレンのことが好きだったかもしれない、レンと結婚するって言ってたかもしれない、なんて思い出した。

しかしそれ以降はレンはただの幼馴染という存在で、それ以上でもそれ以下でもなかった。
イケメンの幼馴染がいると面倒くさいこともそれなりにあったけれど、バレンタインのチョコレートはお裾分けしてもらえるし、勉強は教えてくれるしで、どちらかといえばいいことの方が多かった気がする。
レンも私のことを幼馴染以上としても、以下としても扱わなかったし、同じ風に考えているんだと思っていた。
それなのに。

ぽかーんと口を開けたままだった私に、レンは更に追い討ちをかけるように「付き合って欲しい」と地球が2度目の爆発を迎えても言わないような言葉を口にする。
何が起こっているのかさっぱり理解できない。
理解不能の現状から逃げ出そうとするように、体はじりりと後ずさろうとする。
しかし、レンは私の両肩をがっちりと掴み、離してくれない。

何がどうなっている!と目を回しそうになったとき、「『あなたとは付き合えません』はどうした」と、レンはいつもの呆れたような口調で、言葉とともに溜息を吐いた。
てん、てん、てん、と三拍分の沈黙の後、ハッと気付く。

い、今のは冗談だったのかー!

やっとそれを理解して、私は慌てて口を開いた。
「びびびびっくりさせないでよ!今から二色君の告白を断ってくるだけでも私の人生のトップ3には入る珍事件なのに、まさか本気でレンに告白されたかと思った!」
「どうして俺がこんなところでお前に告白なんてするんだ」
「恋は突然にって言うでしょ!いや、まさかとは思ったけど、まあ出来の悪い幼馴染が気になって、そこから恋が始まるとか少女漫画ではよくあるんだもん!」

「少女漫画か」と更に呆れた様子のレンに、さすがに私も羞恥で顔が赤くなるのを止められなかった。
いや、だって!そりゃ私だってレンと自分では相当釣り合わないことはちゃんと理解してるけど!
でもレンみたいな美形に好きだとか言われたら、そりゃちょっとはドキッとするでしょ!私のドキッを返せー!と内心で叫びつつ、しかしそんな恥ずかしいこと実際に口に出せるはずもない。
ううう、と可愛くない唸り声だけを漏らして、熱くなってしまった頬に手を置く。

くそう、冗談で言っていいことと悪いことがあるだろう。びっくりした。
レンはそんな私をまじまじと見つめ、むしろ感心したように「本気だと思ったのか」と呟く。

「ほ、本気とかじゃなくて、レンみたいなのにそんなこと言われたら冗談だって分かっててもドキドキするの!普通の女の子は!」
私が悪いんじゃない。レンが悪いんだという意味を込めてそう言うと、レンは驚いたように「ドキドキ?」と初めて聞いた単語のように、その言葉を繰り返す。

「うるさい、もういいってば!あーもう、二色君に断りを入れる前にこんなに体力使わせないでよ!」

レンは練習でもさせてやろうとでも思ったのだろうけど、それならそう言ってくれればいいのに!レンが相手なら、不意打ちじゃなくてもそれなりに練習になるのに!
そんなことを思いつつ、悔しさを堪えてべしべしとレンを叩く。
レンは「おい、やめろ」と面倒くさそうに私の手を掴んだ。

「どうしてそうすぐに手が出るんだ」
そう言って眉を顰めるレンはまったくいつも通りで、更に悔しさと恥ずかしさが増大する。
女の子の心を弄んだ罪は重いぞ!と頭突きをしてやろうとすると、レンは「それで本当にちゃんと断れるのか」と呆れと心配の混ざった声音で呟いた。

いつも通りすぎるレンの様子に、冗談だと分かっていてもドキドキしてしまった自分が情けないやら恥ずかしいやら悔しいやらで、思わず目の奥が熱くなる。
赤くなってしまっただけでも悔しいのに、涙ぐんでしまったところを見られたりなんかしたら―――恥ずかしさで死ねる!
ということで、私は掴まれた手を振り解き、「さっさと教室に行け!」と捨て台詞を吐いた。
そのまま、どしどしと図書室に向かおうとすると、「美咲」と今度は困ったような声で名前を呼ばれる。
まだ何かあるのか!と半ば怒りながら振り返ると、目ざとく私の目じりの涙に気付いたレンが「おい、泣くな」と馬鹿げたことを口にする。

誰の冗談で、こんなに恥ずかしくて悔しい思いをしたと思っているー!
そう心の中だけで叫び、口では「泣いてない!」とだけ叫んだ。
さくらちゃんを泣かせてしまったときと同じ、困った顔のレンに「早く教室に行け!」と言葉を投げつけて、今度こそ私は図書室にかけ出した。














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