チョコレート日和というやつですか。

彼とあたしのファースト××・6









ピチピチと、鳥の小さな声がする。ああ、朝かぁ、と寝惚けながら、私は寝返りを打った。
今何時だろう。まだ眠い。学校行きたくない。ぼんやりとそんなことを考え、朝日から逃れるように、もぞもぞと布団に潜り込む。
それと同時にぴしゃんと襖の開く音がして―――あれ?いつから私の部屋のドアは襖になったんだ?―――、おい、とお母さんのものではない声がした。

「おい美咲、起きろ」
面倒くさそうな声が降ってきたと思ったら、むぎゅっと頬を摘まれる。
私は「むが」と間抜けな声を発してゆっくりと目を開いた。
まず視界に入ったのが、見慣れた制服姿のレンだ。
レンは整った顔に非常に嫌そうな表情を浮かべて私を見下ろしている。

ああ、そうか。結局昨日は桜ちゃんのお部屋にお泊りしたんだっけ。
ぼんやりと昨日の出来事について思い出しながら横を向くと、桜ちゃんの寝顔が目に入った。美少女は寝ていても勿論美少女だ。
いいなあ、あたしも桜ちゃんみたいに可愛かったり凛さんみたいに美人だったら、二色君に告白されたときに笑顔で「ありがとう」って言えたかもしれないのに。ありがとう、あたしも好きなの、って可愛く返事できたかもしれないのに―――と、寝惚けた頭でそこまでを考えたところで、レンに布団を引き剥がされた。

「レン、寒い」
「寒い、じゃない。学校に遅れる。置いていってもいいのか」

そんなこと言われても、まだ早朝の6時半過ぎである。
レンの登校時間はいつも7時半、つまり朝礼が始まる1時間も前なのだ。早すぎる!
別に置いていってもらってもいい、と心の中だけで応えつつ、ぎゅっと体を丸める。先に行ってもいいという意思表示をしたはずなのに、次の瞬間には「起きろ」とでこぴんをされた。

「いたっ」
「さっさと起きろ」
レンは面倒くさそうにそう言って、私の手を取り、無理やり体を起こさせた。
ここまでされると再び布団に潜り込む方が面倒くさい。ということで、私はのろのろと立ち上がり、大きく欠伸をした。
「桜も起きろ。幼稚園に遅れる」
幼稚園が10分の距離にある幼稚園児までこの時間帯に起こすのか、と少し呆れる。
レンに軽く肩を揺すられた桜ちゃんもまだ眠いらしく、「まだやだぁ」とうにうにしながらお布団に包まった。レンはふうと息を零す。

「早く起きて着替えないと、美咲がもう家から出て行くぞ」
「あっ、みさきちゃん!みさきちゃんとあさごはん食べる!」

桜ちゃんはそう言ってがばりと起き上がり、布団を跳ね除けた。
ふわふわの綿毛みたいな髪は寝癖がついてしまっているけれど、相変わらずの長い睫毛を瞬かせ、桜ちゃんはぱっとひまわりのように笑う。

「みさきちゃん、おはよう!」
「おはよう、桜ちゃん」
「さくら、ゆめの中でもみさきちゃんとあそんだよ!いっしょにかくれんぼした!」

ぴょんと飛び起きて、桜ちゃんはご機嫌な様子であたしの周りをくるくると回りだす。
みさきちゃん、みさきちゃん、と可愛い声で名前を呼ばれるのは気持ちいい。
「さくら、みさきちゃんとあさごはん食べるー!」と腰に飛びつかれ、私もにこにこしながら「うん、食べよう」と頷いたのだった。

















「レン、私、今日きちんとお断りしてくる!」
学校へ向かう車の中、両手でぎゅっと拳を握ってそう声を上げると、隣のレンは「そうしろ」と面倒くさそうに頷いた。
「二色君が私のこと好きなんて全く信じられないし、やっぱり虐めなんじゃないかと思うけど、でもとりあえずここは礼儀として一度きちんとお断りしてくる!」
そうと決まれば、イメージトレーニングが必要だ!
イメージトレーニングイメージトレーニング、と呟きつつ、二色君呼び出し、きっちりとお断りの文句を告げるところを想像しようとして、ぴたりと思考を止める。

そもそも二色君に「ちょっとお話があります」なんて声をかけようものなら、二色君を守る会の連中が何と言うか……!恐ろしい、考えただけで恐ろしすぎる!
しかもお断りも何も、何て言えばいいのかちっとも思いつかない。
あなたのことが好きではないのでお付き合いできません。……こんなにオーソドックスでいいのだろうか。
二色君にそう言うところを想像してみて、今からものすごく緊張した。心臓がひんやり、ドキドキする。風邪を引いたときみたいに、気持ち悪い。

ぎゅっと眉を顰めて、頭の中で二色君にごめんなさいをする。すると頭の中の二色君は傷付いたように、悲しそうにしながら、それでも「分かった、困らせてごめんね」と笑った。心臓が、痛い。
想像するだけでこんなにしんどいのに、あたしはきちんとお断りできるのだろうか。
不安になって隣のレンをちらりと見やると、レンは綺麗な顔をこちらに向けて「いいか」と口を開いた。
一瞬私に向けられた言葉だということでさえも分からず、ぽかんとする。
それでもレンの視線が自分に向いていることは間違いなく、私は慌てて言葉を返した。

「な、何が」
「いいか。会ったら迷わず開口一番に『あなたとは付き合えません』だ。それ以外は言うな。できれば顔を見るな。言ったら即刻逃げろ」

レンの言葉の意味が分からず、私は「は?」と間抜けな表情で固まった。
レンは私の頭の回転の遅さに舌打ちをして、「返事は」と焦れたように口早に言葉を紡ぐ。

「え、いや、は?何が?何の話?」
「お前は絶対に、間違いなく、100%の確率でほだされる。だから、いいか、何か言われる前に『あなたとは付き合えません』だ。後はもう何も言わなくていい。即刻逃げろ」
「逃げるって、いや、あの、」

戸惑いながら言葉を選んでいると、レンは「いいから言う通りにしろ」と面倒くさそうに言葉を放った。
その物言いに思わずむっとしてしまい、「嫌だよ!」と声を上げる。
レンは今度こそきつい視線をこちらに送った。

「嫌だ?」
「嫌に決まってるでしょ!っていうか、言うだけ言って逃げるとか、そんな失礼なことができるか!」
「失礼も何もあるか」
「ある!あたしはレンと違って、す、好きだって、言ってくれたひとに、そんな風に言えない!」

二色君に屋上で告白らしきものをされたときのことを思い出して、思わず顔が赤くなる。
ひえー、そうだ、もしかしたらもしかしたら虐めかもしれないとはいえ、ああああんな告白めいたことをされたのは初めてなのだ。いや、中学のときにあったといえばあったけれど、あれは私の中での思い出したくない思い出ベスト3に入るくらいの嫌な思い出だ。恐ろしい。ということであれはノーカウントだ。
赤くなったり青くなったりする私を見つめつつ、レンは呆れたように息を吐いた。

「誰も『お前と付き合えるか。鏡を見て出直せ』と言えなんて言ってないだろう。どこが失礼なんだ」
「ばかー!学校のアイドルにそんなこと言えるかー!ていうかそんなこと言った日には私がファンクラブに殺されるに決まってるでしょー!」

私ごときが二色君に、かかか鏡を見て出直せなんて言おうものなら……!と想像して、ぶるりと震える。
レンは「だから『あなたとは付き合えません』にしろと言っただろう」と、自分は何か間違ったことでも言っているか?とでも言わんばかりの表情で言葉を紡いだ。
でも、いや、言うだけ言って逃げるのはさすがに……と考え出そうとした私だったが、レンはその思考を遮るように「おい、美咲」と声をかける。

「何」
「今までの人生で1度しか告白されたことのないお前と、そうじゃない俺と、どちらの言っていることが正しいと思う」

わ、私だって中学生のときに告白されたことある!だから今回で2度目だ!と思ったけれど、たしかに私が告白された回数(2回)なんて、レンの告白された回数(想像が付かない)に比べればありんこ、いや、ミジンコレベルだ。
だからどうした!と言いたいが、いや、でも、たしかに、そう言われてみれば、レンは告白されてオッケーを出したことも多々あるだろうが、お断りしたことも多々あるのである。しかしいったいどう上手いことやっているのか、レンと別れた女の子もレンに振られた女の子もほとんどレンについての悪口を言わない。
普通に考えると、レンに提案された、言うだけ言って逃げる行為は卑怯だし失礼だと思うのだが、もしかしてレンはいつもそうしているのだろうか。それなのに文句とか言われないのだろうか。そ、それならレンの提案はなかなかよいかもしれない!

「本当に?本当に大丈夫だと思う?失礼じゃない?」
たしかに実際に二色君を目の前にしてきちんと丁寧にお断りできる自信はない。
しかしレンの方法なら、所要時間はきっと3秒だ。それくらいなら耐えられるかもしれない。
レンは私の言葉を受け、大きく頷いた。こういうとき、モテる幼馴染の言葉はたしかに信じられる。
私は今度こそ「ありがとうレン!私、頑張ってくる!」と笑顔になった。

しかしこのときの私は気付かなかったのだ。
レンはイケメン(死語か)で、そういうお断り方法をしても「ひゅー!ソー クール!」「さすが騎士様!そんなところにも憧れる!」なのかもしれないが、私は一般市民。ついでにお断りする相手はイケメン。

……レンが言うほど上手くいくはずなどなかった。














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