チョコレート日和というやつですか。

彼とあたしのファースト××・5









結局、グーにするかパーにするか悩んでいる内に、レンが白石に訂正記事を書かせることを約束させてしまい、あたしのスーパーパンチもミラクルビンタも皆に見せることは出来なかった。
今度こんな記事を載せたら、絶対にパンチもビンタもキックもお見舞いしてやるんだから!と捨て台詞を吐くと、レンは「うるさい騒ぐな」とあたしをずりずりと引き摺って、廊下へと続くドアを開ける。

廊下に引き摺りだされてからもレンを相手にぎゃーぎゃーと騒いでいると、紫藤さん、と控えめな声が掛かった。
何だ!と目を吊り上げながら声の方向を振り返って、ぴたりと動きを止める。
どうやら声を発したのは二色君だったようで、そっと視線が合った途端、「ごめん」と謝罪されてしまった。
何に対する謝罪なのか全く理解できず、思わずレンの方へと顔を向ける。
通訳して、通訳!と視線で訴えたけれど、知るかと言わんばかりに顔を背けられた。それどころか「先に行くぞ」と背中まで向けられてしまう。

「ちょっと!待っ」
待って!と追おうとしたあたしだったけれど、二色君に何か言いたそうな視線を向けられて、うっかり足を止めてしまった。
それでも追いかけてしまえばよかったのに、あたしが足を止めたことで、二色君が安心したように僅かにほっと息を吐いたりなんかしたから、何となくそれもできなくなる。
レンのばかー!どうして置いて行ったのー!と内心で声を上げると共に、「紫藤さん、少し話したいんだけど―――そうだな、屋上でもいい?」と控えめな声がかかる。
その声に、あたしは思わず頷いてしまったのだ。




















2月の屋上は、風がびゅうびゅうと冷たく吹き荒ぶ。
ああどうして今日は家にマフラーを忘れてきてしまったんだろう、あーもう、寒いよう!と心の中呟いたところで、二色君は「ごめん、寒いね」と自分の巻いていたマフラーをあたしの首に巻いてくれようとした。
しかしまさかそんなことをしてもらうわけにはいかない。
慌てて「大丈夫、いいよ!」と拒否すると、二色君は困った顔をする。その困った顔でさえも格好よくて、あたしも少し、困ってしまった。
レンの困った顔ならにやにやしながら見ていられるのだが―――というか今まで一度も見たことが無いので、レンの困った顔というのを一度は見てみたい―――、二色君に困られるとあたしも困る。

「あの、それより話って何?」
いじめになど屈服しないぞ!という風に、ぐっと胸を張って、しかし逃げ腰になってそう尋ねる。
二色君は戸惑ったように視線をさ迷わせて、一つ深い深呼吸をした。
そうしてから「昨日、森宮さんと卓也から聞いたんだけど」と前置きをして、言葉を口にするのを躊躇うようにゆっくりと口を開く。凛さんと卓也君がどうしたのだろう、と私は首を傾げた。


「紫藤さん、俺が告白したこと、虐めだと思ってるって本当?」

この質問をされたとき、二人の間には、てん、てん、てん、と三拍分の空白の時間が生まれた。
二色君の真剣な眼差しを受けつつ、まずは「えーと」と頼りない声を零す。
「まっさかー!そんなことないよう!わっはっはっはっは!」と笑ってごまかすには、二色君の瞳が真剣すぎるし、はっきりと素直に「うん」と頷くのもまた難しい。
どう答えたらいいんだろう、と固まったあたしの正面で、二色君は「違うの?」と困ったように眉をハの字にする。

「ええと、うぅん……」
曖昧すぎる返答に、二色君は今度は問い詰めるような響きで「どっち?」とあたしを見つめた。
勿論虐めだと思っている、というかそれ以外の何でもない!としか思えないのだが、二色君はこんなことを聞いてどうするのだろう。
わけが分からず、さっき張ったばかりの胸がぷしゅうとしぼんだ。先生に怒られている気分である。
「な、何で?」
何でそんなこと聞くの?ともごもごしながら尋ねる。
どうしてこんな詰問のようなことをするのだ。まるであたしが悪いようではないか!あたしに非は無いはずだ!と再び胸を張ろうとして、けれど二色君の次の言葉に遮られてしまった。

「何でって―――好きな子にそういう風な変な誤解されて、そのままにしておけないよ」
「……す、好きな子」

言葉の意味が分からず、二色君の言葉を繰り返す。
えーっとえーっと、二色君の好きな女の子が、二色君があたしを虐めようとしているということを知っている、ということだろうか。
その人を見る目のある女の子は誰なのだ、と瞬きを二回すると、二色君は今度は困ったように「紫藤さん、あの、ちゃんと分かってくれてる?」と言葉を紡いだ。
うん、と頷いて、しかしいったい彼は何のためにあたしをこんなところまで呼び出したのかを考える。
今の会話の流れから考えるに…………はっ、もしかしてあたしからその子に『二色君はそんなことする人じゃないよ。私、二色君に虐められてなんかないし、クラスメイトとしてとても仲良くしてもらっているのよ』って言ってくれってことか!目を見開いてそんなことを考えた。

う、うう、どうしよう。
ここはきっぱりと「そんなことはできない!」と断るべきだろうか、いやいやしかしここで二色君に媚を売っておけば虐めも少しは軽減されるかもしれない、などと打算的なことを考えつつ、唸り声を漏らす。
二色君に「あの、紫藤さん?」と控えめに声をかけられたが、うんうんと生返事を返して、とっぷりと思考の波に浸かろうとした。けれど。

「紫藤さん!」
「は、はいっ!」
はっきりとした呼びかけに、思わず背筋を正す。
二色君の形のよい眉はきゅっと寄せられていて、な、何?と緊張しながら尋ねると、彼は一つ大きく息を吐いて、ゆっくりと口を開いた。


「紫藤さん、もう一度言うけど、紫藤さんが好きなんだ。付き合って欲しい。―――冗談じゃないからね」

最後の言葉はちょっと怒っているようだったけれど、彼の眼差しと声は真剣だった。
その様子に、あたしはぴたりと動きを止めて、頭だけをフル回転させる。
しかし考えが纏まることはなく、もしかしてもしかしたら二色君は本気であたしのことを好きなのだろうか、などという面白おかしい冗談としか思えない考えが浮かんだとき、突然びゅうっと強い風が吹いた。
その痛いほどに冷たい風に思わずぎゅっと目を閉じる、その瞬間、柔らかな何かが淡雪のようにそっと額に触れた。
ぱっと目を開けたとき、あたしの目の前には綺麗にアイロンのかけられたシャツがあった。
ふわっと香ったのはシャンプーの匂いだろうか。それを感じると同時に、二色君はあたしからぱっと体を離す。
ぽっかりと口を開けて固まった間抜け顔のあたしとは対照的に、二色君は寒さのせいなのか今の行動のせいなのか、頬をほんのりと赤く染めるという超美少年面で、少し緊張した様子で口を開いた。

「返事は今度でいいから」
返事って何の!?と悲鳴のような声が出そうになったが、実際には意味の無い口の開け閉めだけしかできない。
何もかもが全く理解できず、混乱しているあたしを前に、けれど二色君は言いたいことを言ってすっきりしたらしい。
この寒い冬の空の下だというのに、彼は春の日差しのような柔らかい微笑を浮かべて、そうしてはちみつのような甘くやさしい声で、最後の止めとばかりにそっと言葉を紡ぐ。

「好きだよ」

この真っ直ぐすぎる一言の言葉を告げられたときのあたしの心情を一言で説明しよう。
―――死んだ。























「……美咲、送ってやるからもう帰れ」
その日の放課後、あたしはレンにがっしりとしがみついたまま、我が家ではなくて蓮井家に帰宅した。帰宅、とは言わないかもしれないけれど。
そうして延々と今日のできごとについて話し、夕飯をご馳走になり、お風呂にまで入れてもらい―――相変わらずレンの家のお風呂は広くて綺麗だった―――、勝手にレンのパジャマを拝借して、掘りごたつに入ってみかんを食べつつ再び今日の出来事について話そうとしたところで、レンは上記のようなひどい言葉を発した。

薄情者!泣くぞ!となじると、レンは面倒くさそうに溜息を吐いて、「分かった、泣くのだけは絶対にやめろ。聞いてやるからさっさと話せ」と言葉を促すように視線を向けてくる。
うう、そうだ。ちゃんと話を聞いて、何かよいアドバイスをしてくれないと困るんだから!
そう思い、口を開いたが、「それで、それで」とその言葉だけを何度か繰り返して、ぴたりと口を閉じた。
すると言葉の代わりに今度は涙が零れそうになって、ぐいぐいとレンのパジャマの袖で目を擦る。レンは案の定、嫌そうな顔をした。

「結局お前はどうしたいんだ」
そう問われ、あたしはぱっと顔を上げた。
そんなの決まってる!付き合いたいわけないでしょ!と言おうとしたけれど、二色君の顔がちらちらと脳裏を過ぎって、その言葉は口から出てきてはくれない。
その代わりに「ううう」と唸り声を漏らすと、レンは「好きじゃないのか?」と静かに言葉を紡ぐ。

「す、好きでは、ない、と思う……っていうか、そういう風に見たことがないっていうか。格好いいなぁとは思ったことあるけど」
もごもごと返事をすると、レンは「だったら嫌いなのか」と問うてくる。
「き、嫌いじゃないけど。でも、でも、す、好きだと思ったことない」
何故か無性に自分が情けなくなって、再びぐずぐずと鼻を鳴らすと、レンは「だったらとりあえず付き合ってみればいいだろう」と他人事すぎる一言を放った。

「『とりあえず』で付き合えるかー!」
そう怒声を上げたものの、そうだった。レンは『とりあえず』付き合ってみる男だった、と不誠実な幼馴染を視界に入れて、ちっと舌打ちをする。本当に女の子の敵だな!
ふうふうと息を整えると、レンは「だったら断れ」と言い放つ。

「ことっ、断るよ!」
勢いだけでそう言ったが、そもそもあたしみたいな一般人が二色君のようなスペシャルな人間の告白を断るなどという恐れ多いことをしてもいいのだろうか。
そんなことを考えて再び言葉に詰まると、レンは「そもそも断るために俺に彼氏の真似事をさせたんじゃないのか」と呆れたように言葉を紡いだ。
それはそうだ!と大きく頷く。そのためにレンに彼氏のふりを頼んだのだった!
あたし一人では恐れ多くて二色君の冗談としか思えない告白を断ることさえもできなかったかもしれないが、レンが隣にいてくれるのなら話は別だ。これを虎の威を借る狐というのだな!と先日授業で習った言葉を思い出す。あれ、ちょっと違う?

「だったら明日にでもさっさと断れ」
「そうする!」
「よしじゃあ帰れ」
うんもう帰る!遅くまで失礼したな!と掘りごたつから抜け出して立ち上がると同時に、部屋のドアが勢いよく開けられた。
ドアの向こうにいたのは、お風呂上りの桜ちゃんで、桜ちゃんはあたしの姿を見るなり「みさきちゃん!」と明るい声を上げる。

「みさきちゃん、さくらのお部屋にお布団しいたよ!」
きらきらの瞳でそう言われ、あたしは「何故お布団?」なんて思いながら「ええっと、もう帰るんだけど……」と、まずは一言言葉を紡いだ。
しかし桜ちゃんは「もうお布団しいたもん!みさきちゃん、さっきお泊りするっていったもん!」としがみついてくる。
さっき……ハッ!そういえば、レンに今日の出来事を話しているとき、桜ちゃんとそんな話をしたような気もする!話半分で全然聞いてなかったけど!レンはあたしにしがみつく桜ちゃんに「今度にしろ」と言葉を放ったが、桜ちゃんは「やー!」とそっぽを向いた。

「みさきちゃん、おとまりするもんねー?」
ねー?のところで、桜ちゃんはこてりと可愛らしく、それはもう小鳥のように可憐に首を傾げる。
あああ可愛い、こんな妹が欲しい。ぎゅうっとしたい。しかし今日はさすがにもう遅いし、帰らなくてはならない。
まだしっとりとした髪を一撫でしてから、時計を確認して、桜ちゃんと目を合わせた。
「また今度ね」
「やだー!みさきちゃん、この前ケーキくれたときもこんどって言ったもん!今日はお泊りするって、さっき言ったもんー!」
やだやだやだ、としがみついてくる桜ちゃん。
レンはこちらに視線を向けて、「桜はそうなるとしつこいぞ」と疲れたように言葉を吐き出した。

きゅっと抱きついてくる桜ちゃんを見つめつつ、あたしは「どうしよう」と一人頭を抱えたのだった。














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