チョコレート日和というやつですか。

彼とあたしのファースト××・4









学校の前で車が停車すると同時に、目を瞑っていたレンはゆっくりと目を開けた。
その隣であたしもごしごしと思い瞼を擦り、大きな欠伸をする。レンに「でかい口を開けるな」と睨まれた。
まだ眠いんだからしょうがないでしょ、と言い返しながらレンに続いて車から降りる。
今日は二色君と鉢合わせすることもなく、無事に校門を潜れそうだ。
あたしはほうっと胸を撫で下ろし、レンの隣に並んで足を素早く動かした。女の子の、というかあたしの歩調に全く合わせてくれないレンは、いつも通りの何を急いでいるんだろうというくらいのスピードで歩いていく。
人の後ろを歩くのは好きじゃない、ということで頑張って隣に並んで競歩していると、レンはちらりとこちらを見下ろして速度を緩めた。

「もう少し楚々として歩けないのか、お前」
「少なくともこのスピードでは楚々として歩けない、まったく」

眉を顰めてそう言うとレンは更に速度を緩める。さすがにこれは遅すぎるのだが、まあレンなりの厚意だと思うので甘えておくことにしよう。
校門をくぐると、どうやら今日は学校新聞の発行日らしく、掲示板の前が賑わっていた。
我が校の新聞部が週に1度のペースで発行している学校新聞は結構面白くて、人気があるのだ。
ちなみにあたしが好きなのは学食コラムであり、辛口コメントは見ていて面白い。ちなみにコラムを書いている人はどうやらから揚げ定食だけは美味しいと思っているらしく、から揚げ定食だけはべた褒めだった。
あたしがよく食べる300円のカレーは最低ランクらしいが、あれはあれで値段に見合った味くらいはしているんだから、文句を言うんじゃない!

レンにちょっと待っててとお願いして、新聞を一部だけ取ってくる。
レンも一応毎回目を通しているようで、歩きつつ横から覗き込んできた。
あたしは勿論今回もお気に入りの学食コラムから見ようとして、そうして―――ぴたりと歩みが止まった。

「……レン、二色君のそっくりさんとあたしのそっくりさんがいる」
「間違いなくお前だ。この馬鹿面はお前しかいない」

いや、この写りは結構いい感じに……などと言おうとして、記事のタイトルを確認し、あたしは気絶しそうになった。
例えば某週刊誌のように悪意の滲むタイトルならまだよかったのに、何を思ったか記事のタイトルは「揺れる恋心☆本命はどっち?」である。星マークをつけるなー!

ちなみに写真は2枚あって、一枚はずばり昨日あたしとレンが一緒に昼食を摂っているところで、もう一枚は昨日二色君と顔面衝突してから森岡さんとひと悶着あった後らしい写真である。
レンとあたしのツーショットもなかなか仲が良く見えるが、二色君とあたしのツーショットなど、今にも手を繋いで踊りだしそうなほど仲良く見える。
二色君のキラキラ笑顔とあたしの愛想笑いでは天と地ほどの差があるが、それでも愛を語り合う恋人同士のように見えるといえば見える。場所が廊下、しかもトイレ前という色気の無さ過ぎる場所ではあるけれど。

2枚の写真をじっと見つめ、ごくりと喉を鳴らす。
そうして視線はその新聞に向けたまま、ゆっくりと口を開いた。
「…………この記事の真意はやっぱりあたしを虐めることにあるんだと思うんだけど」
「まあこれを見てお前にいい感情を抱く女はいないかもな」
「し、新聞部は悪人の巣窟かー!」

レンという偽物の恋人を作り、これで二色君からのイジメも終わったと思ったのに、ここここんな記事を出されたら二色君を守る会の人達の怒りが再燃するではないか!
冷や汗を流しながら右手に新聞をぎゅっと握り締める。
そして左手でレンの手を掴んで新聞部の部室へと華麗なるダッシュを決めたのであった。













「新聞部の部室はここかー!」
そういう声を上げてピシャーンッと開け放ったドアの向こうには、部員らしき人が3人いて、突然の来訪者に飛び上がって驚いた。
全力ダッシュのおかげで息の荒いあたしの隣で、レンは「部長はどこだ?」と息を少しも乱さずに尋ねている。
ぜはぜはと息を整えていると、部員の一人が「は、蓮井先輩」と怯えたような声を出した。
レンのことを先輩と呼ぶということは一年か。あたしは1年先に生まれた分だけの迫力を出して、ばしん!と中央のテーブルに今朝発行されたばかりらしい新聞を叩き付けた。

「これを書いたのはどこのどいつだ!」
獅子の如くの迫力でそう言ったその隣で、レンは「お前は黙ってろ」なんて言いながらまるで猫の子でも掴むようにして、あたしの制服の首を掴んで後ろに下がらせる。
そうしてから、多分恐ろしいくらいに綺麗な微笑を浮かべて―――つまりはぶち切れ3秒前くらいの勢いで―――「白石はどうした?」と尋ねた。
しらいし、の名前は聞いたことが無い。誰だそれ、と眉を寄せたあたしの後ろで、「おお、早いなー」と間延びした声が突然上がった。
くるりと振り返ると、そこに居たのはひょろりと背の高い男子で、何となく見たことのある顔をしている。
そういえば廊下ですれ違ったことがあるような、ないような……という程度なのだが、ううん、これが“しらいし”か?
それにしても、この白石とやらがいったいどうしたんだろう。そう思った瞬間、レンは絶対零度の声で「どういうことだ、これは」と白石の顔面に新聞を叩きつけた。ぶへ、と妙な声が白石の唇から零れる。

「こ、この人が書いたの?」
恐る恐るレンに尋ねると、レンはそうだと頷いた。
この野郎、犯人はお前か!と飛び蹴りをくらわせようとしたが、勿論あたしにはそんなことはできない。転んで終わりだ。
ということで、脳内のみで綺麗な飛び蹴りをお見舞いし、実際にはぎりぎりと拳を握るだけで我慢しておいた。
対して、レンの方は飛び蹴りができるくらいの身体能力があるらしい。
飛び蹴りではないが、上段回し蹴りを決めて、白石を沈めにかかった。
久しぶりに見た綺麗な蹴りに、思わず「おおお」と感嘆の声を上げたのはあたしで、対して新聞部の一年坊主たちは「ギャー!部長ー!」と悲鳴のような声を上げる。
そうして何とか蹴りを避けた白石は「ああああ危ねえええええ!」とドアにびったんと背中をくっつけて、震えた声を上げた。

「いきなり何しや、」
「白石!」

白石が「いきなり何しやがる!」と口を開き、ドアから背中を離してレンの方へと一歩を踏み出したその瞬間のことだった。
それまで白石が背中をくっつけていたドアが突然すごい勢いで開き、白石の頭と背中を直撃したのである。
突然の痛みにしゃがみこんで悶える白石を見つめつつ、おおおーと思わず手を叩く。
コントみたいだな、なんて思ったあたしだったが、次の瞬間に視界に入った人物がいったい誰なのかと理解した瞬間、ここは3階だというのに窓から飛び降りて逃げ出しそうになった。
何故って。

「に、二色君……!」

言葉の通り、二色君がいたのである。
何故ここに!と悲鳴を上げそうになったけれど、その手に校内新聞が握られているのを見て、なるほど二色君もこいつに文句を言いに来たわけか!と納得した。
それはそうだ。あたしなんかと噂になったら困……る?あれ?違うな。これは新手のイジメで、そもそももう噂になっているわけで、それで、ええと?何で二色君はそんなに怒っているのだろう。さっぱり分からない。
うんうん唸った私の隣で、レンは変な物でも見るような視線を私に向けている。
ここまで走ってきたらしく少し息を切らせた二色君は、室内へと入った途端、しゃがんでいた白石を無理やり立たせて―――二色君でもこういうことをするのかと、ちょっと驚いた―――「これ」と握り締めたせいで少しくしゃくしゃになった新聞をその胸に叩きつける。

白石は身長が190センチはありそうな長身なのに対して、二色君は170センチちょっとなので、少し見上げる形になっているわけだが、これはやっぱり白石から見ると上目遣いなのだろうか。
もしそんな写真が撮れたら、きっと女子の中で高値で売買されるに違いない。
ああしかもよく考えれば二人の身長差は恋人の理想の身長差そのものではないだろうか、と妙なことを考えてしまった。

能天気なことを考えるあたしを放って、ぴりぴりと緊張した空気の中、二色君は眉を顰めて白石を見つめる。
「どういうこと?」
僅かに震えた声は怒鳴りつけるのを我慢しているようで、私は責められているのが自分ではないというのにちょっぴり怖くなって、思わず一歩後ずさった。
レンなら別に怖くないのだが、二色君はいつもふわふわ笑顔のイメージがあるから、その分だけ怖いのである。

「新聞部はいつからこういうゴシップを載せるようになった?」
「いや、ゴシップって、別にそんなつもりじゃ」
「こういう記事は人を傷つけるとは考えなかった?」

二色君の言葉に白石は思いっきり言葉に詰まり、あーとかうーとか言って、がしがしと頭をかいた。
そうして特大の溜息を吐き、最後にぽつりと「ごめん」と呟く。
ごめんで済めば警察は要らない!とビンタするべきか悩んでしまう。
そういえば今まで新聞部はこういうゴシップを報じることがたまーにあったんだよね。前期の生徒会長の二股疑惑とそれによる壮絶な修羅場の記事は物凄かった。
あのときの記事に比べれば今回の記事は可愛いものだろうが、自分が当事者になってみると気分は最悪だ。やっぱりビンタでもして、とりあえず訂正記事でも書かせるべきだよな―――そう思いつつゆっくり口を開く。

「まあ謝罪は後で聞くことにして、とりあえずさっさと配布した新聞を回収して訂正記事を―――」
書きやがれ、と私の言葉を遮るように、白石は「じゃあ、謝罪もしたことだし!」と言葉を発した。
「で?で?で?実際どんな感じ?」
「は?何が?」

ごめんと謝ったときのしおらしさはどこへ消えていったのか、白石は身を乗り出すようにして瞳をきらきらさせる。
その変わりように思わず身を引いた私の視線の先では、ぼろぼろになったノートを開きつつルンルンと白石が口を開いた。
「いやー、やっぱり新聞部としては聞いときたいっていうか?」なんて楽しそうな様子の白石を見つめ、手をぎゅっと握り締めた。


パーで我慢してやるべきか、それとも全力でグーでいっておくべきか、そこが問題だった。














<戻る     彼とあたしの恋愛模様トップへ   次へ>