彼とあたしのファースト××・1 朝からたくさんの女子に囲まれレンとの関係を問いただされること数回。 ぐったりしながら午前を過ごし、そして時はランチタイム。 あたしと凛さんはいつもの通り連れ立って、賑わう食堂にやってきていた。 ああ、やっとお昼。やっと憩いの時。やっと楽しみにしていたご飯の時間なのである。 うどんやラーメンなんかの麺類はとにかく混むので、今日みたいに食堂に入るのが遅くなってしまったときは、毎回カレーである。いい加減飽きてくるのだが、仕方ない。 ごろりと入ったじゃがいもを脇に避けつつ、はあと溜息を吐いた。 そんな私の正面で、凛さんは昼食のAランチを机に置いた。 ああ、ハンバーグ美味しそう、とAランチの和風ハンバーグに胸をときめかせた。 でもなあ、Aランチって高いんだよなあ、だいたい学食のくせに890円っていう価格設定がおかしいんだよねえ、なんて考えつつ自分のカレーを口に運んだ。 300円のカレーはまずくはないけれど、ちょっぴり切なくなる。お肉が少ない。 「美咲、魔性の女説が出てるよ」 凛さんは、お気に入りらしいペットボトルのミルクティーを飲みながら、そう言った。すごくすごく楽しそうに。 私はといえば、凛さんの言葉に喉を鳴らし、まじで?と呟く。 「っていうか、何で魔性の女。レンと付き合ってるって噂じゃないの?」 「蓮井と付き合いつつ、その友人である二色君をも手玉に取った、魔性の女。だって」 「うああ、本当……?」 その噂じゃ、敵を増やしてしまっただけじゃないのか。 そんなことを思いつつ、ずずっと音を立てて紙パックのグレープフルーツジュースを喉に流し込むと同時に、ちょっぴり、空気がざわめいた。 おや?なんて出入り口の辺りを振り返れば、……ああ、神様、私がお嫌いなのですか。ということで、二色君とレン、そして何故か凛さんの恋人である卓也君がいた。 凛さんも彼氏の姿に気付いたのか、ぱちりと瞬きをする。 いつもは卓也君、部室でご飯食べてるような気がするんだけど。今日は違うのかな、なんて思ったあたしの正面で、凛さんは訝しげに眉を顰めた。 「卓也?」 ぽつりと呟いた凛さんの言葉が聞こえたかのように、卓也君は尻尾を振るようにしてこちらにかけてくる。 卓也君は野球部に所属していて、身長も高く、体格もがっちりとしているが、なんだか可愛いイメージのある男の子である。大型犬のよう、と言えばいいのか、とにかく笑顔のよく似合う男の子だ。 私も彼は好きだし、彼も多分私のことを好いてくれている。勿論両者に恋愛感情なんてものはなくて、兄と妹、みたいな関係なのである。 二人で凛さんの誕生日に千羽鶴を作り、凛さんにとんでもなく呆れら、「あんたたち、ばか?」と言われたのは記憶に新しい。 ちなみにそのときの凛さんの頬はほんのりと赤くて、ついでに照れているときの癖、髪をかきあげるという仕草が見られたので、多分喜んでくれたのだと思う。 笑顔でこちらに駆け寄ってきた卓也君は、凛さんに「ここ座ってもいい?」と尋ね、「だめ」と返答されてしょんぼり肩を落としている。すごく情けないというか可愛いというか。 思わず小さく吹き出すと、あっ美咲ちゃん久しぶり、なんて卓也君に眩しい笑顔を向けられた。 ううーん、卓也君って、癒しのオーラを放っているよね。 こんな兄、もしくはこんな幼馴染が欲しかった。そう思いながら、卓也君に椅子を勧める。卓也君は嬉しそうに笑顔を浮かべ、いそいそと凛さんの隣に腰掛けた。 珍しいな、今日は野球部の人たちと一緒に食べないのかな。 そんなことを思いながら凛さんと卓也君の、まるでご主人様と犬のようなやり取りを眺めていると、美咲、とやけに甘い声が掛かった。 「……レン」 と、二色君。どちらの登場もあまり好ましいものではなくて、私は思わずくしゃりと顔を歪めた。 それに笑みを浮かべたのはレン。ちょっと傷ついたように、けれどすぐに微笑んだのは二色君。 私は二人を視界に入れて、そうしてからそろりと視線を外した。 さっさとどこかに行ってくれ。 そう思ったのに、何故かレンはそのまま私の隣の席に腰を下ろした。 凛さんは「おや」という表情を浮かべる。それはそうだよね、レンだよレン。我が校のナイト様であり、鉄の仮面でも被ってんじゃないのかってくらいに無表情のレンだよ、レン。 今までそれなりの数の恋人がいたくせに、こんな風に一緒に食事を摂っているところとか見たことないもんな。 「隣、いいな?」 いいか?じゃなくて、いいな?有無を言わせぬ口調である。 どっか行け、と言いそうになったが、レンの表情に「勿論。どうぞ」と私は頷いた。 レンが笑みを浮かべているときは絶対に逆らってはいけないのだ。 その笑顔が完璧であればあるほど、絶対に絶対に逆らってはいけない。そのことを知らない馬鹿がひどい目にあうのを、私は何度も目にしてきたのである。 「蓮井、私には聞かないわけ?」 「ああ、悪かった。――― いいか?」 凛さんはこくりと頷く。別に構わないけれど、なんて言葉を紡ぎながら。 そういえば、とその二人を見つめ、一つ唸り声を漏らした。 レンと凛さんって、かなり絵になるよね。卓也君も凛さんと似合いといえば似合いだけど、ああでもそう言えば、凛さんと二色君ってのもなかなか絵になるかも。 それに対して、私と二色君の似合わなさったら、どうよ。ちょっと面白いくらいに似合わないじゃないか。まあ勿論レンとも似合わないし、卓也君となら兄妹だけどな。 そんなことを思いつつ、もぐもぐとカレーを頬張った。 安っぽい味のカレーは、当然のようにこの学校ではあまり人気がない。 何故って、この学校に通う生徒はお金持ちが多いのだ。まあ私のように一般人もいるけど。 ちなみに同じテーブルについた私以外の4人も程度に差は在れど、私から見たら充分皆がお金持ちだった。 何ていうんだろう、気品?そういうのがあるんだよね。いちいち所作が綺麗というか。 とりあえずこの5人の中で私ほどこのカレーが似合う人間はいない。そんなことを思いつつ、カレーに入っているジャガイモを脇に避けた。いったいどれだけジャガイモを入れているのだ。カレーに入っているジャガイモ嫌いな私への嫌がらせか? 「……っていうか、何でレンまでここでお弁当食べるの。教室で食べなよ」 眉を顰めてそう言うと、レンはマイナス30度の視線を送ってきた。慌てて「何でもない」と首を振る。 っていうか何で二色君も普通にお弁当を食べだすのだ。 凛さん、卓也君、二色君、レン。とくに後者二人はとんでもなく目立つし、凛さんにもファンが多い。卓也君にはファンなんてものはいないが、とにかく友人が多く、先輩に可愛がられ、後輩に好かれるタイプだ。 何か切ない、なんて思いながら、黙々とカレーを食べる。 半分を食べきったところで、私は隣のお弁当箱から出汁巻き卵を一つ失敬しした。 相変わらずレンの家の出汁巻き卵は絶品である、なんて思ったとき、がしりと首を掴まれた。 「……な、なに?」 「人の弁当を勝手に食うな」 「だってレンの家の出汁巻き好きなんだもん。そっちのきんぴらもちょうだい。代わりにじゃがいもあげるから」 皿の脇にひっそりと佇むジャガイモをレンのお弁当箱の蓋に置き、代わりにレンの箸を奪い取ってきんぴらを失敬する。 奪い返される前にぱくりときんぴらを口に入れてしまって、咀嚼した。 うむ、相変わらず美味しいなあ。やっぱり今度レンのお母さんに作り方教えてもらおう。 お弁当箱の蓋に置かれたジャガイモを嫌そうに見つめ、レンは溜息を吐く。 「お前、まだじゃがいも嫌いを克服してないのか」 「一生無理でいい」 それより出汁巻き卵もう一個ちょうだい、と視線をレンのお弁当箱に向けると、レンは出血大サービスな甘い微笑を浮かべ、私の口の中に出し巻き卵を突っ込んだ。 朝から学内を賑わせていた私とレンとの恋人疑惑が、疑惑でなくなり、確定した瞬間だった。 |