チョコレート日和とゆうやつですか。

彼とあたしのセカンドバトル・2










そりゃあ二色君だって動く、もとい活動するだろう。人間なんだから。
そう思って不可解な言葉に眉を顰めると、レンは、ふん、とまるで嘲笑でもするような嫌味たらしい 笑みを浮かべた。
「お前みたいな庶民には預かり知らないところだから気にするな」
なんていう、こちらも腹立たしい言葉とともに。
そんな言動にあたしがむっとしないはずがあるかと言えば、まさかそんなわけはない!ということで、 あたしはレンに掴み掛かった。

「殴るよレン!」
そのお綺麗な面に拳をめり込ませてやろうか!と心の中で叫んで、あたしはレンのパジャマを引っ掴んだ。
そんなあたしの手を振り払い、レンはさっと立ち上がった。
しゃんとした綺麗な立ち姿に、少しだけ見蕩れる。
悔しいけれど、あたしはレンの顔と声とこの姿勢だけは割と好きなのである。まあ、性格でその 好意が全て無に返るわけだけれど。

「とにかく俺には何もできないししたくない。帰れ」
冷ややかな目で見下ろされて、あたしは「いやだ!」と声を上げ、今までレンが寝ていた布団に ごろりと仰向けに転がった。
「いーやーだー!」

大の字に寝転がって、絶対動かないぞ!という意志を滲ませてレンを睨み続けると、レンが右手で 自分の目元を覆い、呆れたように深い深い溜息を零した。
レンが本当に困ったときにやる仕草だ。
それにしても、今日のあたしはレンの溜息ばかりを聞いているな、とつい眉を顰める。
別に困らせたいわけでも、ないんだけど。

目元から手を外し、あたしが寝転がっている枕元にしゃがんだレンは今度はその手であたしの髪に 触れた。まるで、桜ちゃんにするように、優しく髪を指で梳かれる。
「……で、俺にどうしろと」
声音はなかなか柔らかい。とは言っても、まあ、二色君みたいに滲み出るような柔らかさじゃなくて、 じっくり探せば見つけられるかもしれないし、でもやっぱり見つけられないかもしれない、そんな 柔らかさである。
多分他の人が聞いても「ひい!蓮井様がお怒りだ!」なんて言葉しか返ってこないだろう。
それくらいの柔らかさだ。……つまりはあんまり柔らかくない。

多分さっきは寝起きだったから機嫌が悪かったんだろう。
レンは低血圧なので、朝はその視線で人を殺せるんじゃないかというほどに機嫌と目付きが悪い。
まあ、目付きのほうは基本的に学内でも悪いような気もするのだが、
『そこがいいのよう、うっとりしちゃう』
とか
『そうそう、あの瞳で見つめられるときゅんきゅんする』
なんて言葉も聞いたことがある。心底疑問だ。果てしなく疑問だ。何だそれは何の冗談だと聞いて みたくなる。

って、そんなことはどうでもいいんだった。
「レン、今彼女いないでしょ。付き合ってるフリして。そしてレンから二色君に『俺の女に手を 出すな』とか言っておいて」
「は?俺はお前みたいなのに手を出すほど飢えてない」
即答され、あたしは思わず唸り声を上げた。
そりゃ、そんなこと知ってる!最近までお付き合いしてた元カノは一年生の可愛い子ちゃんだったもん ね!その前は二年生の準ミスだったもんね!と心の中で噛み付くように叫んだ。

「だからフリだって言ってるでしょ!」
話の分からない男だな!と舌打ちをしてみせると、レンはあからさまに眉根を寄せた。
やたら礼儀作法とか、そんなものに煩いレンは、時々あたしがやってしまうこういった所作が 相当気に食わないらしい。
よく注意されるし、言葉で言っても『け!知らないよ!』なんて言って聞かないときは、頬を抓られる なり頭を叩かれるなりされる。
本当に小煩いというか、小姑のような男だ。


ぶちぶちと、心の中でレンに対して悪態をつき続けていると、レンはふと眉根を寄せた。
「……ちょっと待て。今、何時だ?」
なんていう、ちょっと間抜けな言葉を紡いで、枕元に置いてあった時計に視線を落としたレン。
でも視力が弱いので、ぼやけて見えないに決まってる。ということで、仕方なく今の時刻を伝えて やることにした。
「もう11時ちょっと過ぎてるけど、何?」
今日は何かお稽古でもあるのだろうか?

時間を聞いた途端、レンの表情は変わった。まずい、というように。
「……美咲、お前、帰れ」
「は?!何で!」
帰れ、って、ふざけるなよ私は未だ全くもって今日此処に来た目的を果たしていないというのに!
心中でそう叫び、ぷう、と頬を膨らませた。
「いいから帰れ」
「やだよ!じゃあ彼氏のフリ―――」
してくれるわけ?と、言葉を紡ぐその前に、レンはばさりとパジャマ代わりのトレーナーを脱いだ。
別に幼馴染の上半身裸なんて今更『きゃあ恥ずかしい!』なんてこともないが、一応目を逸らす。
見ていて気持ちのいいものでもない。……でも、写真撮っておけば高く売れるかな、なんて考えた。

「紅と鉢合わせてもいいなら、俺は構わないが?」
言いながら、高そうな、でも気取った感じのしないシャツの釦を留めてゆくレン。
あたしは『レンのその高そうなシャツはいくらくらいするんだろう』なんて考えていたところで、 一瞬、思考が止まった。それはもう、ピタリと。
「……へ?」
「11時半に、紅は家に来る。今日出かける約束をしていたんだった」
チッと舌打ちをしたレンは、いかにもしくじった!って表情である。レンは約束だけは守る男だしな、 その代わり100%の自信が無い約束はしないけれど、とそこまで思ったところで、はて?と首を 傾げた。

“こう”……って、あの、その、あの?あの?あの二色紅?いやいやまさかあ!そんなはずがあるか? 否、無い!っていうかあってはならない!
答えを拒否する全身を押さえつけて、まさか、という言葉を飲み込んで、言葉を紡いだ。
「え!ちょっ、……に、二色……紅?」
まさかそんなはずないよね、レン、そんなに二色君と仲良しさんじゃないよね、っていうか間違い だと言って!
そんなあたしに馬鹿にしたような視線を向けたレンは、箪笥の引き出しを開けながら
「それ以外に居ないだろう」
なんて無情にも口にした。

「ばっ……何で先に言わないのあんたー!二色君と友達だなんて聞いてなーい!帰る!あたし帰―――」
「おにいちゃーん、こーくんだよー!こーくん、こっち!おにいちゃんのお部屋こっちなの!」
さささ、桜ちゃん、何てことやってくれるんだこんちくしょー!あああ、あんた可愛いからって、 可愛いからって、……何やっても許せちゃうじゃないかこんちくしょー!

ぱたぱたと、可愛い足音。
それに続く『レン、まだ眠ってるんだったら、後でまた来るから。起こさなくてもいいよ』と いう柔らかな声。
聞いたことのある、声。
っていうか、あたしを虐めようとしている張本人であり、本日あたしが此処に来た理由の大半に 関連している人物の声。

簡単に言うなら、に、二色紅君の、声。


それを聞き、あたしはレンの部屋の押入れの中に飛び込んだので、あった。 背中で戸の開く音を聞きながら。









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