チョコレート日和というやつですか。

彼とあたしのセカンドバトル・1










二色君に告白という名の苛めを受けてから、5日後。初めての日曜日。
その日、あたしは朝の7時に起きて、午前十時開店の超人気洋菓子店に売られている、一日20個 限定スウィートミルクチョコレートケーキ(1個・580円)とかいう馬鹿げた物を購入するために 約一時間程洋菓子店の前で待機した後、その何とかケーキを含めた10個のケーキを購入し、電車 に乗り込んだ。
目的地は決まっている。自分の家の最寄り駅から3駅ばかり離れた駅から、さらに徒歩十数分先の、 豪邸だ。

まだ寒さの残る空気の中、脇目もくれずにとにかく歩み続ける。
春はまだまだ先のこと。先輩たちだってまだまだ受験戦争中だ。
びゅうっと一層強く冷たい風がマフラーを靡かせる。はあ、と白い息を吐き出して、あたしは 真っ直ぐに住宅街を突っ切った。




そして駅から歩いてジャスト15分後、あたしは軽く自分の身長を超えそうなくらいに大きな 門のチャイムを押した。
視線の先に広がる石畳の道と、その先の大きな、古めかしい造りの玄関。
それを眺めつつ、税金とかすごいんだろうなあなんて、あたしが気にするべきでも無いことを思った。
「それにしても……相変わらずすごい家だよなあ」
むむうと眉をひそめてそう呟くと、インターホンから『あらまあ美咲さん。どうぞ、入って』という 柔らかい声が聞こえたのと同時に、門がゆっくりと左右に開きだす。
お金かかってるなあ。そう思いながら、あたしは門の中へと一歩を踏み出したのだった。



がらりと開けた引き戸の先にいるはずのお手伝いさんの名前を大きな声で呼ぼうとして、すうっと 大きく息を吸った瞬間、ひょこりと家の奥から出てきたのは、幼稚園児くらいの女の子だった。
純和風な造りの家の中から出てきたのは、真っ白のふわふわのワンピースを着た女の子。
和菓子屋さんに陳列しているケーキのような違和感を感じるような気もするが、それでもすぐに彼女に笑顔を 向けた。

「桜ちゃん!おはよ!」
「みさきちゃーん!みさきちゃん、どうしたの?さくらに会いにきたの?いっしょにあそぶ?」
きょとんとした表情。それを浮かべるのは、何とも整った造りの顔だ。
子供なのにぱっちり二重にくりくりの瞳、けぶるような睫!ちょこんと小さな鼻の下には桜色の 小さな唇。白い肌。
ふわふわの飴細工みたいな髪には可愛らしいゴムが結ばれていて、どこからどう見てもかなりの 美少女だ。天使みたいだ。ほっぺなんかピンクのマシュマロみたいだ。

「桜ちゃんはいつ見ても可愛いなあ!こんなに可愛い子、滅多にいないよ!」
んもう、家にお嫁においで!と桜ちゃんを抱きしめる腕を強くする。
きゃあきゃあと高い声を上げて、『うん、みさきちゃんのおよめさんになるー』だなんて笑顔を 浮かべた桜ちゃんに、もう一度熱い抱擁をして、ケーキの入った箱を渡した。
ちょっと重いかな、とは思ったけれど、桜ちゃんは『わあーい!』とケーキの箱を腕に抱えた。

「たべていいの?さくら一人で?」
「うーん、全部で10個あるからね、桜ちゃん一人で食べるのは無理かなー」
お父さんとお母さんにもあげてね、としゃがんでから視線を合わせる。桜ちゃんがこっくりと大きく 頷くのを見て、頭を撫でてあげた。
さらさらの柔らかい髪が気持ちいい。
「ようしいい子だ!お兄ちゃんは?部屋?」
「うん、さっきおへや行ったら、ねてた」
あそんで、とくっ付いてくる桜ちゃんには申し訳ないが、こっちも人生がかかっているんだ!と、 つい桜ちゃんに着いていきそうな自分を一喝。

「ごめんね、今日はお兄ちゃんに用事があるんだ。また今度ね」
「んんんー……やくそく?こんどちゃんと、さくらとあそんでくれる?」
「勿論!」
また今度ね、とにっこり笑みを浮かべて、『おじゃましまーす』とひとつ声を上げて、あたしは 家の奥に向かって足音荒く進んで行った。
桜ちゃんの、『やくそくだよー!』という可愛い声を後姿で聞きながら。








何で、どうして、目的の人物に会うために、あたしはこんなに息を切らせているのだろうかと心底 疑問に思った。
勿論理由なんてこの家が馬鹿でかく、しかもいつまでたってもなかなか道を覚えられないから、という理由しかないけれど。
吸ってー吐いてー吸ってー吐いてーを何度か繰り返して、あたしは障子戸を開け放った。
布団が引いたままだ、というか、この部屋の住人がまだ寝ているままである。
ちょっとばかり眉をしかめ、遠慮なんてせずに部屋の中に踏み入る。
物が散らかっていたりだとかすればまだ可愛げがあるのに、嫌味なくらい整えられた部屋をぐるり と見回して、はふうとため息を一つ。

「……まだ寝てるの?起きなよ、レン」
言葉と共に、布団を捲る。ぶわりと真っ白のシーツに包まれた上掛け布団を戸の外、廊下に 投げ捨てる。
こうすれば起きるかと思ったのに、未だ眠りに落ちたままの男が何だか無性に憎たらしくて、きっと 睨み付けた。

「信じられない、可愛い幼馴染がせっかく遊びに来たっていうのに!この馬鹿、起きろってば!」
えいや!とジャンピングアタックをくらわせると、ごほっと咳き込む声が聞こえた。
ぐいぐいと全体重をかけて押しつぶそうとして、やっぱりぱっと起き上がる。
今日の目的を忘れるところだった!

布団の上でげほごほと咳き込み、そうして紡がれた声は地を這うように低かった。
「お前……美咲……俺を殺す気か……!」
「ごめんって!レンは頑丈だからそんなに簡単に死なないって!ね!ほら息して!」
べちんと背中を叩くと、今度は噎せたように咳を繰り返すレンに向かって引きつった笑みを浮かべて みせる。
ものすごくいやな顔をされた。
ちなみにその表情を浮かべる顔が、憎たらしいくらいに整っていて、正直殴りたくなる。

桜ちゃんの兄であり、あたしの幼馴染であるレン―――ちなみにフルネームは上から読んでも下から 読んでも蓮井蓮。はすい、れん、と読む――は、二色君とは違った雰囲気の青年だった。
すーっと通った鼻梁に、切れ長の瞳。羨ましくなるくらいすべすべの肌。さらさらの黒髪。軽く 180を超える身長と、綺麗に筋肉のついた体は正直言って邪魔だ。
せめてもう少し小さかったら可愛いのに!レンはどうしてこんなに馬鹿みたいに大きくなったんだろう。 大きくなるための秘密の運動とかあるのかな、と眉を顰めた。

「レン、ね、あたしちょっとレンに頼みたいことが」
「うるさい、俺は寝る。帰れ」
そうして言葉通りに布団の上に横になったレンに、今度はチョップをおみまいしてやる。
「この三年寝太郎!起きろ!このっ!」
「うるさい」
「へーえ、そういうこと言うんだ。じゃあおじさん呼んじゃおっかなーおばさんのほうがいいかなー レンに襲われたってあることないこと言いふらしてやる」
おじさーん!と声を上げようとしたあたしの口をばしんと押さえたレンはむくりと不機嫌な表情で 起き上がる。
そうしてから目を擦って、ものすごーく嫌そうに溜息を吐いた。

「何しに来たんだ、お前……」
「レン、あんたさ、一応来期の学生会の会長でしょ。学校の噂の一つや二つ知っておきなさいよ。
そうしたらあたしが何のためにここに来たか分かるでしょ?」
えい、と寝ぼけ眼のレンの頬を摘んで左右に引っ張ると、パシンと手を払われる。
睨み付けるようにこちらに視線を向けてきたレン。氷のような、と表されるその視線を向けられれば 大半の人間が竦み上がるだろう。
でも、あたしにとっては慣れたもので、別段表情を崩すことなくレンを睨み付けた。
こっちだって大変お怒りなのである。

「紅に告白されたとか、そういう噂なら聞いた。それで俺にどうしろって言うんだ?後ろから手を 回せと?もう二色は動いたんだろう?」
至極真面目くさい面でそう言ったレンは、生まれた時から見慣れたあたしでもちょっとだけきゅんと するくらいに整った顔をしていて、でも性格が最悪なので本当どうでもいい。
所詮この男は顔だけである。けっ!

って、ところで?
「……動いた?何それ」
あたしがそう尋ねたときのレンは、心底呆れたような、まるで馬鹿を見るような目であたしを見て いたのであった。
とってもむかつくことに!















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