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花鬘<ハナカズラ>







<シュヴェルツ視点>


ひやりと冷たい夜の空気。
その中を足早に歩き、城の近くに聳える塔へと向かう。

“天地の塔”と呼ばれるその建物は、リツがこの世界に来てしばらくの間を過ごした塔でもある。
塔の最上階、リツの過ごした部屋は天座(あまくら)と呼ばれ、異世界から呼ばれる娘が結婚の誓いの日を迎えるまでを過ごすための場所だ。
そして同じ塔の地下には、常夜の闇が広がっている。
日の当たらぬそこに居るのは、大罪を犯した者達だ。
そして今はそこにオリヴィアとアズも収監されている。
その二人に会うため、私はアーノルドとゼフィーを連れ、塔の中へと踏み入れたのだった。




かつかつと足音の響く石の階段を下りると、厚い扉が目に入る。
2人の牢番でそれを引き開けると、そこにはさらに扉が現れた。
その扉を不規則なリズムで数回叩くと、それが合図だったかのように、扉はぎいっと鈍い音を立てて内側からゆっくりと開かれた。
2枚の厚い扉をくぐると、僅かに悪臭が漂う。
この地下にある牢はそれほど多くない。十か二十くらいのそれらから、悪臭が漂っているようだった。

蝋燭の明かりでぼんやりと照らされた石の床を歩くと、どこかから呻き声が聞こえる。
男なのか女なのか分からぬ、正気を失ったような声だ。
それにぐっと眉を寄せ、先導する牢番を見つめる。
牢番は、二階分の階段を下りて、更に奥へと進んでから、その歩みを止めた。

「こちらでございます」

視線で示されたのは、鉄の扉で封をされた、部屋の形をとった牢だ。
地下一階二階が鉄柵で囲われただけの牢だったのに対し、三階まで降りると、一応部屋の形をとるらしい。
開けるように命じれば、牢番が扉に鍵を差し込み、ぎっと鈍い音をたてて扉を開いた。
扉の先にいたオリヴィアは、あの夜から3日しか経っていないというのに、一気に随分老けこんだようだ。

女だからということなのか、それともその身分のせいなのか、簡易なベッドくらいは用意された小さな部屋。
そこにいるオリヴィアは、右の足首に枷を嵌められ、その太い鎖はしっかりと壁に固定されている。
長く艶やかで美しかった金の髪は、肩につかない程度までばっさりと切られていた。
これは以前、自身の髪で首をくくり、自害した者が居るためだと聞いている。
勿論豪奢なドレスなどを身に着けられるはずもなく、粗末なワンピースを着せられ、オリヴィアはぼんやりとベッドに座っていた。

「……シュヴェルツ様!」

私を見止めたオリヴィアは、驚いたように目を丸くし、次いで嬉しそうに微笑んだ。
喜びのままにこちらへ駆け寄ろうとして、がしゃんと足枷に繋がれた鎖が鳴り、アーノルドに剣を向けられる。
ぎらりと鈍く光る切っ先に、オリヴィアは悲しそうに視線を伏せた。

「……リツに何をした?」

私の問いに、オリヴィアは「まあ」と伏せていた顔を上げる。心底驚いたような表情だ。
「まあ、あの娘なら、在るべき処に戻してさしあげましたのよ?それよりシュヴェルツ様、何故わたくしをこんなところに閉じ込めるのです?それにわたくしの髪が!そこの男がわたくしの髪を!」
ぎっとオリヴィアに睨みつけられたアーノルドは、呆れたように息を吐く。

「首ではなく髪だったことを神に感謝するんだな」
「っ……シュヴェルツ様!この失礼な男に処罰を与えてくださいませ!」

怒りに打ち震えるオリヴィアを見つめつつ、眉を寄せてゼフィーが呟く。
「在るべき処―――リツ様の育った世界のことか」
その言葉に、オリヴィアはゆっくりと頷き、零れた横髪を細い指先でかきあげた。
「ええ、そうです。それに、わたくしとて無理に送り返したわけではございません。あの娘も両親に会いたいと、そう言いましたわ」

両親に。
リツの泣き顔を思い出し、胸が痛む。
その願いは突然親元から引き離された娘としては当然のことだ。

それを忘れていたわけではないが、改めて告げられ、息が詰まるような思いがする。
思わず唇を噛む私の隣で、ゼフィーもまた、苦い表情を浮かべた。
ゼフィーは口にこそ出しはしないが、リツを気に入っているらしい。
幼かった妹に重ねて見ている部分もあるのだろうし、突然親元から離されて哀れにも思っているのだろうし、何より勤勉なところが好ましいのだろう。
ジャディーと戯れているリツを眺める、ゼフィーの視線は、父か兄のそれと似ていた。

「……あの魔石はどこで手に入れた?」

苦い表情のゼフィーの問いに、オリヴィアは何故か嬉しそうに微笑んだ。
よくぞ聞いてくださいました、というように。

「ああ、あれ。あれはいただいたのです」
「いただいた?誰に」
「さて、どなたなのでしょう?それはわたくしも存じ上げませんわ」

とぼけた答えに、思わず声を上げようとしたが、ゼフィーに止められ、ぐっと拳を握って耐える。
オリヴィアは微笑んだまま、再び語り出した。

「本当に存じ上げませんのよ。わたくしのメイドが、どなたかからいただいて参りましたの。そのメイドも知らぬ男から受け取ったとしか言いませんし。それに、魔石をいただいたのはあれだけですが、他にも『あんな言葉さえも分からぬ小娘よりも貴女様の方が』と仰ってくださった方は何人もいらっしゃいましたわ。言葉だけでなく、実際に毒薬をいただいたことも―――」
「リツ様が以前倒れられたときの毒薬も貴様か」

オリヴィアの言葉を遮ったのはアーノルドだ。
リツの倒れたときの様子を見ているからか、眉をきつく寄せ、剣を握る手の力も強くなったようだった。
3人に睨みつけられて、オリヴィアは「まあ、それは違いますわ」と慌てて首を横に振った。

「わたくしがいただいたのは、他の物。以前それを振舞おうと思ってお茶にお誘いしたのに、邪魔をしたのはそこの男ですのよ」
言葉と共に睨みつけられたアーノルドは、チッと舌打ちをして「それならあれはまた別の奴が?」と誰に言うとも無く呟く。
証拠は掴めていないが、おそらくあれはオリヴィアの仕業ではと考えていたため、まだ他にもそれほどリツを排そうとする者がいたのかと愕然とした。
しかしいったい誰が、と思考を巡らせたところで、ゼフィーが口を開いた。

「アズか」
その名に驚き、まさか、と思いながらオリヴィアに視線を走らせる。
オリヴィアは肯定するように笑みを深めた。

「アズも、あのような小娘よりもわたくしの方がシュヴェルツ様に相応しいと、協力してくれましたの。あれは、百千華(ひゃくせんか)というのですって。何種類もの植物の葉や花弁、木の根などを使って、毒や媚薬のような効能をもつお茶を調合することが出来るそうですわ。流通している毒薬などはある程度であれば何を使って作られたものか、その毒消しに仕えるものは等、分かってしまいますでしょう?ですが百千華は、いくつもが複雑に混ぜ合わされて作られたもの。調合も簡単にできるようなものではありませんし、それに、毒薬などを所持して、誰かに見つかれば大変なことでございましょう?それに比べて百千華ならば、その元となる素材の一つ一つは全く問題の無いものですし、調合をほんの少し誤れば、それはただの良い香りの茶葉にしかなりませんものね。勿論、人を殺すための毒薬として用いるには少し効果が弱いようですけれど、子供や老人ならば……ねえ?」

くすくすと笑うオリヴィアに背筋がぞっと寒くなる。
今目の前にいる女を、以前まで好ましく思っていたことが、ひどく気色悪い。
オリヴィアは美しい微笑みを浮かべたまま、夢見心地にうっとりとした声で語る。

「ですが、わたくしもあれから色々と考えましたの。あの娘が倒れたとき、シュヴェルツ様は大いにご心配なさっていらっしゃいましたでしょう?シュヴェルツ様はお優しい方でいらっしゃいますもの、いくらあのように無能な者とはいえ、自分の妻として喚ばれた娘が毒などで死んでしまえば心が痛みますわよね。ですから、わたくしは帰してさしあげましたの。あの娘の世界に」
「そのように簡単に―――いくら魔石を使ったとはいえ、お前一人の力でそのようなことができると思ったか!」

珍しくゼフィーが声を荒げる様子に、オリヴィアはびくりと怯えたように後ずさる。
ゼフィーは鋭い視線をオリヴィアに向け、怒りに震える唇を開いた。

「召喚術は、それでなくとも難しい術だ。私達魔術師でさえも幾日も前から禊(みそぎ)をして、そのときに備える。ただ魔石を用い、決まりの文言を述べたからといって、そのように簡単に帰せるはずもあるまい」
「それは、」
「それが分からなかったとでも言うつもりか。お前は分かっていたはずだ。あのように乱雑な術では元の世界になど戻せるはずがないと」

びりびりと怒りに震えるその声に、オリヴィアはうろたえたように身じろぎをした。

「わ、わたくしは、だって…………シュヴェルツ様」
助けを求めるように視線を向けられ、細い腕を伸ばされる。
アーノルドがその手を払い除け、「王子に触れるな」と冷徹な声を落とした。

シュヴェルツ様、どうか、と細い声が零れる。
潤んだ瞳でこちらを見つめるオリヴィアに、私はすっと背を向けた。
これ以上この女と話して、腰の剣を抜かない自信がない。
いくら王子という身分があれど、自分が勝手に、咎人を死罪にすることはできないのだ。

「二度と日の明かりを見ることはできないと思え」

そう一言だけを残し、ゼフィーとアーノルドを連れて部屋を出る。
後ろからは、シュヴェルツ様!と縋るような女の声と、嵌められた足枷のがしゃんという音だけが聞こえた。





***




「お慕いしておりました」

冷たい石の床に膝を折り、頭を付け、震えた声でアズは言った。

「お慕いしておりました、シュヴェルツ様」
その細い声は、冷えた空気にそっと散っていく。
隣でアーノルドが「土下座などで許されると思ってはいないだろうな、アズ!王子に懸想するのはお前の勝手だ。だが、姫に害をなすなど万死に値する―――それが分かっていなかったとでも言うつもりか!」と苛立たしげに告げた。
その厳しい声音にアズはびくりと震え、更に深く頭を垂れる。

「どうぞ、死罪をお申し付けください。もう……覚悟はできております」
「何故、お前が……」

慕ってくれていたことはどうでもいい。
しかし、何故。何故リツを排して、オリヴィアに与したのかが理解できない。
リツを排して自分が 愛されたいと思ったのならまだ分かる。しかし、そうではなく、何故オリヴィアに協力したのか。
アズも何も知らなかったはずはない。あの程度の術で、本当にリツを還せるなどと信じていたはずは無いのだ。

「私などが想っていい御方だとは思ってもいません。勿論、想いを返して頂けるなどとも……ですが、ですが、あの人は……!」
床の上に揃えてあった指先をぐっと握りこみ、呻くように語り始める。

「あの人は、シュヴェルツ様の立場もお気持ちも考えず、好き勝手ばかり……!シュヴェルツ様のお隣に立つ努力もせず、日がな一日散歩だの刺繍だのと!今まで異世界から呼ばれた乙女達は、皆様この国に素晴らしい財産を残してくださり、その誰も言葉に困ったなどと聞いたことがございません。それなのに、あの人は何も持っていない、何も出来ないどころか、言葉でさえも通じないとおっしゃる!そのようなことがあっていいはずが」
「黙れ!リツが―――私の妻が、どれほど……!」

リツがどれだけ言葉を覚えようと努力していたか、涙を零したか、苦労をしたか。
それを知らぬ者に、そんなことを言われる謂れはない。
しかしアズは「いいえ!」と首を横に振り、キッとこちらを見つめる。

「いいえ、シュヴェルツ様!あの人では貴方様に相応しくありません!ただの偶然でこちらに喚ばれた、あんな無能者!」
「アズ!」

アーノルドが怒鳴りつけるようにその名を呼んだ。
その声を、アズは頭を振って拒み、言葉を続ける。

「オリヴィア様なら、あの方ならば、私とて許せます。名家に生まれ、お美しく、聡明で、それから―――」
「お前に許す許さぬを述べる権利があるか」

ゼフィーのひやりとした声に、アズは「いいえ」と否定の言葉を紡ぐ。
「けれどこれは決して私一人だけの意見ではございません。この城の中には、たしかにどのような人物であろうと異世界からの花嫁を歓迎する方も大勢いらっしゃいます。けれど、私と同じように、王子にはもっとまともな花嫁をと望む声も少なくはありません。皆、実際に口に出してはいないだけです」

アズの言葉に、ゼフィーは眉を顰め、アーノルドは「黙れアズ、これ以上罪を重ねるつもりか?お前一人の死罪だけで済むと思うか!」と声を荒げている。
アズは私達3人を順々に見つめ、再び深く頭を伏せる。
もうその肩も声も震えてはいない。自分は正しいことを言ったのだと、むしろ誇らしげでもあった。

「どちらにしても、もうあの人はいらっしゃらない。皆様のおっしゃる通り、あの程度の術では、あの人は元の世界へ帰れたということもないでしょう。時空の狭間に放り出されたか、運が良ければ、わたくし達と同じように異世界の住人を呼び出そうとする術の網に引っ掛かって、また別の世界へ呼ばれたか……運のいいあの人ならば、その可能性もあるやもしれませんが。けれどもう、こちらに戻って来られることなど、ありえません。私の命は差し上げます。ですからどうぞシュヴェルツ様、正しいご決断を―――!」

正しい決断。
アズのいうそれはいったいどういうものだろうか。
このままリツを見捨て、新しい妻を迎えること?
美しく、賢い、以前私が望んだような妻を?
たとえばこれが、リツを妻にして数日のことならば、頷いたかもしれない。

だが、もう、頷くことは―――できなかった。
















      


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