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花鬘<ハナカズラ>







ジークフリードが部屋から出て行った途端、メイドさんたちは皆一様に脱力したようにほうっと息を吐き出す。
魔王様の来訪がよっぽど堪えたらしい。
しかしすぐに気を取り直し、それぞれがテーブルの片付けや明日のドレスの準備などをし始めた。

「エリー様はそろそろベッドに入りましょうね」
そう言ってベッドまで連れて来てくれたのは、私と同じ年頃のメイドさんだ。
ここでお世話をしてくれるメイドさん達は割と年齢層が高い中、彼女だけは皆より一回りほど年下なのである。
ベッドに潜り込んだ私は、彼女を見つめて口を開いた。

「じーくふりーど、かたい?」
緊張する?と問いたかったのだが、そんな単語はまだ知らない。
なんとなくそれっぽいニュアンスの言葉を探し出したつもりなのだが、彼女にはうまく伝わらなかったらしい。首を傾げられてしまった。

「陛下がどうかなさいました?」
「……ええと、すき?じーくふりーど、すき?」

“すき”の単語にぎょっとした彼女は、「尊敬いたしておりますが」と困ったように言葉を紡ぐ。
そんけい、も知らない単語だ。人の心情を表す言葉というのは、本当に難しい。
説明されてもよく分からないのだ。動作や物の名前なら少しは尋ねやすいのに。
現在の語彙力ではこの話題を膨らませることもできず、私はちょっぴりもやもやした気持ちのまま、目を閉じた。










散歩の許可が下り、私の日課に庭の散策が加わってから数日。
私は「それにしても」と自分の状況を見直すことにした。

いったい、私はどこにいるのだろう。

何だかこちらの生活にも慣れてしまっている自分がいて、私は少しばかり焦ってしまった。
だって、ジークフリードは私のことを姉だと言うし、メイドさんたちは優しいし、生活事態に不満はないのだ。
しかし、私は、元の世界に帰りたいのだ。その前にはできればシュヴェルツやアリー、リアンのようなお世話になった人たちに挨拶の一つでも出来ればと思うが、まあそれは置いておくとして。
とりあえず、私がここに来てしまったときの泉を見に行くというのはどうだろう、と思いついた。
よく分からないが、シュヴェルツのお城といいこのお城といい、あの手の泉は他のどこかに繋がっているのかもしれない。
そこに入ればもしかしたら、と万が一の可能性に思いつき、私は早速行動することにした。
しかしどうやらその泉は、私に許された散歩の範囲に無いらしい。
たしかにあのとき、泉からお城までしばらく歩いたような気がする。
ということで、私はその日のお茶の時間に、ジークフリードにお願いしてみることにした。いわく。

「じーくふりーど、みず、さんぽ。きょか!」
「……水?」

何のことだと眉を寄せられ、私は身振り手振りであの泉に行きたいのだと訴えた。
絶対に人を連れて行くからお願い、と懇願する私に、ジークフリードは「何のために」と魔王様ボイスで尋ねてきた。

「わたし……おとうさん、おかあさん」

帰りたいんだよ、と零れた言葉は日本語だった。
ジークフリードは3つの簡単な単語だけでは意味を理解できなかったのか、無言でこちらを見つめたままだ。

あの、初めて一緒にお茶をした日から、ジークフリードもたまに私達と一緒にお茶をするようになった。
元々口数が少ないタイプなのか、私が知っている単語で話しかけるのに対して「ああ」と一言程度の言葉を返すか、無言で頷くだけだが、何となく少しずつ歩み寄っている気がする。
彼にはどうやら話す相手をじっと見つめる癖があるようで、その不機嫌そうな表情のせいで最初は『やばい。何かしたかな?散歩の許可を取り消されるのでは?』と戦々恐々していた私だったが、ジークフリードは地顔がこれなのだ。
その事実を発見し、最近ようやく慣れてきたところである。

ジークフリードは私のお願いに悩むそぶりを見せてから、それでも最終的には「いいだろう」と頷いた。
やった!と笑顔になる私の正面で、ジークフリードは相変わらず難しい表情をしたまま「人を連れて行くように」と付け加えている。
了解した、と私も大きく頷いた。











メイドさんたちと騎士さんたちが連れてきてくれたのは、明るい森の中にある泉だった。
最初に見たときは夜で、今は日中だからなのか、景色が全く違って見える。何だか違う場所みたいだ。
きょろきょろと辺りを見渡し、ちょんと指先で水に触れてみる。
水は少し冷たいが、我慢できないほどではない。えい、と手首くらいまで水に浸け、しばらく様子を見てみることにした。
しかし、5分経っても10分経っても何一つ変化は起こらない。
それならばと靴を脱ぎ、ドレスを膝までたくし上げて水の中に入ろうとして、それで。

「エリー様!何をなさっておいでですか!」
慌てたメイドさんたちに止められてしまい、私はずるずると泉の脇に引きずられてしまった。

ううーん。初めてこの世界にやってきたときといい、オリヴィア様によってここに飛ばされたときといい、やはり何か魔法の呪文がいるのか。
悔しく思いながら、ふと辺りを見渡す。

―――あれ?この景色、何だか見たことがある気がする。

気のせいかとも思ったが、たしかにどこかで見たような気もする。
そんなはずはないはずだけど、 と思いながら記憶を掘り起こした。そして。

「ああっ!?」
一つの記憶に触れたのである。

ここは、以前夢の中で見た場所では?
薄暗い森の中、ブラウンのワンピースを着た長い黒髪の女の人が眩い光とともにここに突然現れるのを、夢で見た。
あのとき、“誰か”は言っていた。花嫁、と。
夢の中だからなのか、あの一言はちゃんと日本語で聞こえたのである。
彼女は誰で、あの声は誰のものだったのだろう。
この国でも過去に他の世界から人を呼び出したことがあるのだろうか。

そういえば以前も同じようなことを思って、シュヴェルツに聞こうとしたことがあった。
あのときは睡眠と睡眠の間にそんなことを思ったせいで、起きたときにはそんなことをすっかり忘れていたではないか!と自分の間抜けっぷりに地団駄を踏みたくなった。
ええい、この泉が私の世界ともシュヴェルツのところとも繋がってないのでは意味が無い。
それより早くお城に戻ってアーサーかジークフリードに尋問だ!連れて来てくれた騎士さんとメイドさんに連れてきていただいて申し訳ないけれど、もうお城に戻りたい旨を伝えると、彼らは気を悪くした様子は見せずに了承してくれた。

ちゃんと聞かなくては!

私はぱっとお城の方へと駆け出した。。






そうしてお城に戻ったとき、何だか城内が少し賑やかしいことに気付く。
何がどうということではないのだが、何となくそわそわしているというか、何というか。
私がうろうろするのを許可されているのはお庭の一部と自室からジークフリードの部屋へと繋がる廊下くらいなのだが、たまにすれ違う人たちが何だか忙しそうなのだ。
どうかしたのかな、と不思議に思いながら、メイドさんの一人に尋ねる。

「なに?」
何かあるの?と尋ねたところ、彼女は軽く頷いて口を開いた。

「隣国の使者がいらっしゃっているのです。隣国では最近王子が妃を迎えたそうですから、そのお披露目のパーティーが開かれるそうで」
「となり……くに……いーあ?」

何か聞いたことがあるようなないような。
私は首を傾げた。

「リドウ様が向かわれますので、そのご案内にと隣国から使者がいらっしゃっているのですが」
そこで彼女は一旦言葉を区切り、他のメイドさんたちに聞かれないようにしながら、水色の瞳をきらきらさせた。
おそらくその“誰か”はなかなかイケメンなのだろう。
どこの世界でもイケメンを語る女子の目はきらきらしている。
私も「ほほう」と頷き、彼女の言葉を待った。

「その使者がとても素敵な方らしいのです。ええと、たしか名前が―――」







「しゃーろっと―――!」

隣国の使者のために用意されたという、大きな部屋の扉にほとんど体当たりをしかけて開け放つ。
そこには、名を呼んだとおり、シャーロットが目をまん丸にして突然の来訪者―――つまり私のことだ―――を見つめていた。
もうすでに懐かしささえ感じる、その腰まで流れるきらきらのブロンドヘアー、エメラルドの瞳に、牡丹色の唇。
この世のものとは思えない超絶的な美貌が、驚きに染まっている。
長い睫毛が瞬く様子など、芸術的に美しい。
私は驚いて声も出せないシャーロットに、うわああああ、と奇声を上げて突っ込んだ。


久方ぶりの、シャーロットとの再会の瞬間だった。















      


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