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花鬘<ハナカズラ>







翌朝。
「リツ様、シュヴェルツ様がご一緒にご朝食をと」
「いいえ」

昼前。
「リツ様、シュヴェルツ様がご一緒にご昼食をと」
「いいえ!」

午後。
「……リツ様、シュヴェルツ様がお茶―――」
「いいえー!」




ということで、朝食、昼食、お茶と、3回もシュヴェルツからの誘いを断った私は、現在、シュヴェルツと対峙していた。

「……おちゃ、ない」
「リツ様、お茶のご準備はできていますよ」

お茶の誘いはきちんと断ったはずだが、シュヴェルツはいつものお茶の時間に私の部屋にやってきた。
なぜ来た!今日はお茶の時間はない!と言ったものの、勿論というべきか、テーブルにはすでにお茶とお菓子の用意がなされている。
シュヴェルツはドアの前でふんぞりかえる私をすいと避けて、いつものように3人掛けのソファに座った。
ちなみに、私の部屋にはテーブルを挟んで3人掛けのソファがひとつと、1人掛けのソファが2つある。
そして、シュヴェルツが私の部屋に来るときは、たいてい覚えた文字を書いて見せたり何だりしているせいで、いちいち紙をひっくり返したりしなくていいようにと、最近は二人並んで3人掛けのソファに並んで掛けることが多い。

しかし。
昨晩のあれやこれやを思い出すと、平然な顔をしてシュヴェルツの隣に腰掛けることはできなかった。
仕方なく1人掛けのソファの方に座ろうとすると、メイドさんたちが不思議な表情をしてこちらを見つめてくる。

「リツ様、こちらに座られないのですか?」
「はい」

うん、と頷いて、それ以上は何も聞いてくれるなと心の中でお願いする。
その願いが通じたのか、みんな不思議そうな表情を浮かべながらも、それ以上言葉を口にしようとはしなかった。
シュヴェルツはシュヴェルツで平然とお茶を飲んでいて、ちょっと腹が立つ。
昨日人に散々ちゅーなんてしておきながら、よくそんな平然としていられるものだ!こっちはホームシックにかかったときと同じくらい眠れなくて困ったというのに!
八つ当たり気味にそんなことを考えて、自分のカップを持ち上げた。

そしてちらりとシュヴェルツを見上げ、あ、と思う。
薄らとだけれど、シュヴェルツの目元にはクマができていた。
そんなに仕事が忙しいのだろうか。だったらこんなところでお茶をしている場合ではないのでは、と心配になる。
昨晩も寝るところを邪魔し……わあー!
キスの雨を思い出し、私は赤くなりそうなのを隠すために慌ててカップを持ち上げた。

「あっ」
慌てたせいでこぼれた紅茶が服にかかってしまった。
少しは熱かったけれど、火傷するほどではない。
何か拭くものをください、と顔を上げたところで、「リツ!」とシュヴェルツの焦ったような声がかかる。
それと同時に、紅茶のかかった手をぐいと掴まれて、机の上に飾られていた花瓶の水を腕にぶっかけられた。

「ぎゃーッ!」

何をするんだこの変態!っていうかドレスが!高そうなドレスが!とドレスの心配をした私の正面で、シュヴェルツは「冷やすものを!」と焦ったように声を上げる。
それからすぐに布と水の張ったガラス製のボウルみたいなものが準備され、僅かに赤くなった私の腕に濡らした布があてられた。

いや、こんな大層なことをしていただくほどのものではないのだけど。
そう思ったものの、シュヴェルツが難しい顔をしているので、口を噤んでおくことにする。
それにしてもドレスが……と濡れてよれよれという無残な様子になってしまったドレスを見つめ、はぁ、と小さく息を落とす。
その溜息にシュヴェルツはぴくりと反応し、何故かこちらを睨みつけてきた。

な、なんだ!そりゃまあ紅茶を零した私が一番悪いけれど、でも水をぶっかけてきたのはシュヴェルツで!

そこまで思ったとき、そういえばシュヴェルツに心配してくれてありがとうのお礼を言っていないなということに気付く。
今更言う必要もないかとも思ったが、親しき仲にも礼儀ありという。
ということで、私はできるだけ可愛く、「しゅべるつ、もうしわけありませんでした。ありがとうございます」と謝罪とお礼の言葉を述べた。
シュヴェルツは僅かに目を見張って、すぐに「気をつけろ」なんて言いながら、ふいと顔を逸らしてしまう。

顔を逸らすなんて失礼な奴だな。でも、まあ、多分心配してくれたんだろう。そしてその慌てっぷりが恥ずかしかったのだろう。
そう納得しながら、シュヴェルツを見つめていると、ぱちりと視線が合った。

「……どうした」
「いいえ」

シュヴェルツの綺麗な顔を眺めて、自分の胸に手を置いてみた。
……特にドキドキはしてないし、顔も熱くはならない。
昨日一晩寝ずにもんもんとしてしまい、その中で一瞬『私はシュヴェルツに恋をしているのか?』という疑惑が芽生えたりもしたけれど、そんなこともなさそうである。
それに、恋をするも何も、シュヴェルツにはオリヴィア様という綺麗な恋人がいるのだ。そもそも私は“お姉ちゃん”だし!

そう思ったのと同時に、ほんの僅かだけれど、胸の中に黒いもやもやがよぎる。
けれどこれは、お兄ちゃんやさとちゃんに彼女ができたときにだって感じてしまうであろう、ちょっとした疎外感や軽い嫉妬みたいなものだ。
私の“兄弟”が、家族以外の人を、家族と同じくらいに大事に思っている。―――そういうことへの寂しさというか、置いてけぼり感というか。つまりはそれと同じことだろう。
そう結論付けて、私はシュヴェルツを眺めるのをやめにした。

お兄ちゃんやさとちゃんは元気かな、と元の世界の兄弟の顔を思い出す。
生まれたときからずっと一緒にいた、私の大切な兄弟。
二人を思い出しながら、私はこの世界に来てしまってから繰り返し考えたことを再び考えた。


―――家に。家族のもとに、帰りたい。






***






それから数日はまたダンスの練習に、呪文のような挨拶の言葉の練習、お辞儀などのマナーレッスン、本の朗読、刺繍、庭のお散歩と、こちらでの日常が続いた。


シュヴェルツはあの夜から少しだけ様子がおかしい。
すごく優しかったり、何故か突然ぷんぷんしたり。
秋の空に例えられる女心の如く、シュヴェルツの私への態度はころころと変化した。

これはあれだ、中学2年のときに同じクラスの隣の席の女の子に恋をしたさとちゃんに似ている。

おそらくあれがさとちゃんの初恋だったのだろうと思う。
あのときのさとちゃんは常に携帯を気にしていて、何やらにやにやしながら帰宅したり、イライラした様子でご飯をかき込んだり、上機嫌で鼻歌を歌っていたり。
面白く、けれど扱いにくいこと、この上なかった。
数か月後、さとちゃんの携帯には男の子がつけるにしては可愛らしいストラップが揺れていたので、きっと彼の恋は見事に実ったのだろうとは思うのだけど、と思いながら、異世界の弟・シュヴェルツを思い浮かべる。

―――オリヴィア様と何かあったのかな?


そんなことを考えた数日後のこと。
それは、月の無い夜のことだった。
少し肌寒いその夜に、私はトイレに行きたくなって目を覚ました。
ベッドから出るのは面倒だし、メイドさんも起こさなくてはいけないし、我慢して寝てしまおうかと思ったけれど、夜にシュヴェルツの晩酌に付き合ってジュースを飲みすぎたのがよくなかったらしく、朝まで我慢できそうにない。申し訳なく思いながら、ちりりんとベッドの傍に置いてあるベルを鳴らした。

すると、いつものように、すぐにメイドのシャナが部屋までやって来た。
どうやら最近、夜の付き人はローテーションで変わっているらしい。シャナはほんの少しだけ眠そうだ。
こんな夜中に呼んでしまってごめんね、とシャナに謝ると、彼女は「いいえ」と首を横に振った。

「といれ、いく。おねがいします」
「今晩は少し冷えますから―――寒くありませんか?」
「はい、げんきです(大丈夫)」

柔らかい上着を私に掛けながら訪ねるシャナに、袖を通しながら答える。
シャナはささっと私の夜着の乱れを直した後、騎士さんを一人伴って、ゆっくりとトイレの方向に向かい始めた。
何故か最近はどこへ行くにもメイドさんだけではなくて、騎士さんまで付いてくるようになったのである。
庭の散歩はまあいいとして、トイレにまで付いて来られるのは恥ずかしいのだが、彼らも業務上仕方なく、なのだろう。
申し訳ないなぁなんて思いながら、シャナの後ろを歩きながら見上げた夜空には、星がぴかぴかと瞬いていた。





すっきりした気分でトイレから出たとき、そこに居るはずのシャナも騎士さんも居なかった。
いつもはトイレの出入り口のところに待っていてくれるはずなのだけど、なぜか二人ともどこにも見当たらない。
あれ?と思い、右・左・もう一度右を見て、首を傾げる。

先に部屋に戻った?それとも何か急用でも出来た?

不思議に思いながら「しゃなー」と小さく呼んでみたが、呼び声は静かな空気に吸い込まれ、消えていった。
もう二度三度呼んでみるが、声が返ることはない。
頭の上に疑問符を大量に浮かべつつ、私はとりあえず自室の方へと足を向けた。
部屋に戻れば、もしかしたら二人がいるかもしれない。
そう思って、1歩目を踏み出した瞬間のことだった。

「リツ様」

聞き覚えのある声に、そちらを振り向くと、そこにはオリヴィア様がいた。そして何故かアズさんも。
たいへん珍しいといえる不思議な組み合わせに、きょとんとする。
友達、なんだろうか?いやでもこんな夜中に?
女子会というやつかな、と考えていると、オリヴィア様はゆったりとした足取りでこちらに歩み寄ってきた。


夜の闇に滲むあまい芳香。
正面のオリヴィア様からは、熟れた果実のような甘い匂いが漂っていた。

私が着ているものよりずっと胸元が開いた薄いネグリジェと薄い羽織り物を身に纏ったオリヴィア様は、私の目の前で立ち止まり、「お散歩、いたしませんか?」と尋ねてきた。

「おさんぽ?」

なぜこの時間帯に散歩?
こんな夜更けにそれはちょっと、とお断りしようとしたけれど、オリヴィア様は私の考えを読んだかのように「先日、お約束していただけましたよね?」と拗ねたように唇を尖らせた。
年上の女性だけど、その拗ねた表情を思わず見とれてしまうくらいに可愛い。
うっ、これが女子力か!などと考える私の正面で、オリヴィア様はふわりと微笑んだ。

「あれから幾日も楽しみに待っておりましたのに、リツ様ったら、全くお声をかけてくれないのですもの。侍女を使いにやらせても、いいお返事をいただけませんでしたし」

ええと、ええと、何て言われたんだろう?
ちらほらと分かる単語はあるものの、しっかりとした文章として理解できない。
こんなときにメイドさんたちが居てくれたら、私にも分かるような単語で簡単に言い換えてくれるのだけれど。
おろおろしながら「もうしわけありません、なに?」と尋ねると、オリヴィア様は細かな説明を諦めたのか、小さく笑って口を開いた。

「お散歩、いたしましょう?」

ええとでも、夜中で、しかもシャナと騎士さんがいなくなってて、私は今一人で、そういえば先日の失礼な対応を忘れたわけではないわけで!とそこまで考えたところで、オリヴィア様の影に隠れるようにして立っているアズさんと目が合った。
アズさんは私の視線を受けて、困ったようにそっと視線を伏せる。
微笑むオリヴィア様と、困っているようなアズさん。対照的な二人を交互に見つめ、私は困惑しながら「ううん」と一つ唸り声を漏らした。

オリヴィア様には先日はアリーと引き離されそうになるし、痣ができるくらいに腕を強く掴まれたし、ちょっと「嫌なひとだな」と思っていたけれど、別に他に失礼なことをされたわけではない。
数える程度しか顔をあわせていないけれど、先日のことを除けば、オリヴィア様は綺麗で可愛い未来の妹(仮)である。
ここはシュヴェルツの面子を保つためにも、お姉ちゃんとしてオリヴィア様の“夜のお散歩”という謎のワガママに付き合ってあげるのも悪くは無いかもしれない。
だがしかし、シャナか、もしくは他のメイドさんの誰か一人くらいにはちゃんと確認しなければいけないだろう。心配させてしまうかもしれない。

「わたし、しゃな、さんぽ、いい、いけません、きく」
「リツ様、彼女なら先ほどお会いしました。何やら急用ができたとかで―――リツ様にはお一人でお部屋へ戻られるように伝えて欲しいとおっしゃっていました」
たどたどしい言葉に応えたのは、オリヴィア様ではなくてアズさんだった。

彼女、言う、過去形。〜してください、ひとつ(ひとり?)、部屋、いく。
聞こえた単語を反芻して、言葉を飲み込む。
多分、一人で部屋に戻るようにとシャナが言っていた、という意味だろうと思う。

メイドさんが私に一人で行動するように言うなんて珍しい。
少し不思議に思ったが、そもそもトイレに行く程度のことに毎回付いてきてもらう方がおかしなことと言えばおかしなことだ。急用でもできたのだろうシャナもそう判断したのかもしれない。
「はい、わかりました。ありがとうございます」とアズさんに丁寧に頭を下げたところで、リツ様、と可愛く拗ねたような声がかかる。

「ほんの少しだけで構いませんから、ご一緒してくださいませんか?」
オリヴィア様の切なげな視線に、私は思わず「うっ」となった。
こちらの世界に来てから、他人にこれほど何かを頼まれたのは初めてのことだ。
優秀なメイドさんたちは私にテーブルの水拭き程度の雑用だって頼んだりはしないのである。

先日は少し様子がおかしかったオリヴィア様だが、今日は特におかしな様子はない。
この前のように嫌なことをされるかもしれないと思うと、いつも一緒にいてくれるメイドさんたちが居ないというのは心配だが、その代わりにアズさんがいる。
そして、オリヴィア様に付き従う多数のメイドさんたちは居ない。
それなら、まあ、少しくらいはオリヴィア様のいうお散歩にお付き合いしてもいいのでは、と考えた。

「……あず、いっしょ?」
アズさんも一緒だよね?と確認するように問えば、オリヴィア様は喜びを隠せない様子でこくこくと頷いた。

「ええ、ええ!ありがとうございます、リツ様。勿論アズも一緒ですわ、勿論!」
言葉と同時に、感動を抑えきれないように、ぎゅっと手を握られる。
強く握られた手は、この前のように痛みは無くて、ただただオリヴィア様の喜びが伝わってきた。
オリヴィア様の喜びように、私も嬉しくなる。

私なんかとの散歩がそれほど楽しみだったのなら、それは嬉しいことだし、この前は断ってしまって申し訳ないことをしたな。もしかして、あれから待っててくれたのだろうか、なんて考える。
あのときはオリヴィア様も少し乱暴すぎたとは思うけれど、今の喜び方を見ていると、すごく申し訳ないことをしてしまったように思えてしまう。
私は罪悪感と、それから「喜んでもらえて嬉しい」という気持ちを半分ずつ抱え、オリヴィア様とアズさんと連れ立って庭に降り立つこととなった。















      


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