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花鬘<ハナカズラ>







「わたくしもリツ様も女なのですから、何も問題はないのでは?それに、リツ様はわたくしのお誘いに応じてくださいましたわ」
「応じてくださった、と言われても―――この様子を見ては、そうは思えませんが」
言って、アーノルドがちらりと視線を走らせた先には、顔色の悪いアリーを囲む、オリヴィア様付きのメイドさんがいる。
彼女たちは慌てた様子でアリーから離れ、それと同時にアリーが私に駆け寄った。
オリヴィア様に腕を掴まれてなかったら、アリー!と抱きついたかもしれない。
アリーと離れることにならなくてよかった。ほっと胸を撫で下ろす。
その様子を眺めていたアーノルドは、軽く笑って、私の腕を掴むオリヴィア様の手に触れた。

「わたくしに触れないで!」
「ええ勿論。すぐにでもお放ししたいのですが、まずは姫の腕を離してくださらないと」
「ですから、わたくしはリツ様と庭へ―――ッ!」

言葉の途中でオリヴィア様は顔を顰める。ふと視線を落とすと、私の腕を掴むオリヴィア様の手首が、アーノルドにぎゅっと握られていた。
オリヴィア様の眉が顰められているところを見ると、多分痛いのだと思うけれど、それでも私の腕を掴む彼女の力は緩むことがない。
アーノルドはその様子に呆れたように溜息を吐いてから、オリヴィア様から視線を外して私を見つめた。

「姫は今から王子とお茶の時間でしょう。お忘れでしたか?」
「おちゃ……わたし?」

いや、お茶は別にいらないんだけど、と思いつつ尋ねる。
するとアーノルドはからかうような口調で「やはりお忘れでしたね?」と私を見つめた。

「わ、わすれ、?」

何と言われたのか分からず、首を傾げる。
きょとんとする私を放って、アーノルドは「さあ、オリヴィア様?」と言葉を紡いだ。

「姫から手を離していただかなくては。王子がお待ちなのですから」
「わたくしはッ、」
「これ以上手を煩わせないでいただきたい。口で言って分からないようなら、他の方法で教えて差し上げましょうか?―――侍女がいますし、腕の骨一本くらいならそれほどご不便はないでしょう?」

アーノルドはにこやかな表情と柔らかな口調でオリヴィア様に語りかけている。
私はきっと『その子嫌がってるんだし、やめときなよ』くらいのことを言ってくれているんだろうと思った。
アーノルドの言葉のおかげか、オリヴィア様の手は緩み、私はそこからするりと自分の腕を引き抜いた。
それを見止めて、アーノルドはオリヴィア様に「ご理解いただけたようで嬉しい限りです」と声をかけ、すぐに私に向き直る。

「さあ姫、部屋まで送りますから、早く行きましょう。これ以上遅れると王子が不機嫌になりますよ」
意味は分からなかったが、とりあえずどこかに行こうと言っているらしい。
アーノルドに連れられていってもいいのか?と思ったが、アリーもアーノルドに賛成の様子だ。
アリーが応じるなら、私も勿論アーノルドについていく。
私は大きく頷いて、エスコートのためになのか、差し出された手を取った。
では参りましょうか、と言葉が降り、『ああでもちょっと待った!』とオリヴィア様の方へと振り向く。

「もうしわけありません。さんぽ、あした、いく!」

ごめんなさい、散歩は明日ね、と声を上げたが、オリヴィア様はこちらに背を向けたまま、返事をしてくれなかった。
うう、嫌な気分になったかな。申し訳ない。いや、でも今のはちょっと強引すぎたのが悪かったと思う! ああでも……
うだうだと考えてしまいそうになったが、アーノルドは無神経なのか何なのか、自分と私の足の長さの違いを無視して、すぱすぱと足を動かす。

ほとんど駆け足ではないかというほどの速度で歩かされ、ゴールらしい自分の部屋にたどり着いたときには、私の息は上がっていた。
はぁはぁと息を乱す私を見下ろして、アーノルドはひょいと腰を落とす。
ちょうど視線が合うくらいに身を折ったアーノルドは、「お怪我はありませんか?」と丁寧な口調で尋ねてきた。

何がないって?
まさか体力が無いとか言ったのではないだろうな。私だって元の世界ではそこそこ持久力があるほうだったんだからね!
そう思ったのが顔に出たのか、アリーはアーノルドを庇うように「リツ様、アーノルド様が『お元気ですか?』とおっしゃっています」と言葉を口にする。

はっ、息が切れてるから体調を心配してくれたのか!わー、誤解してしまうところだった!
自分の勘違いに気づき、慌てて笑顔を浮かべ、口を開く。

「ありがとうございます。げんき!」
「それならよかった」
「ありがとうございます」

なんだ!やっぱりいい人だな!とにこにこする。
「おちゃ、おかし、どうぞ?」
お礼にお茶でも飲んでいく?お菓子もあるよ?と部屋のドアを開けてもらいながら言葉を紡ぐ。
アーノルドはそれを断ろうとした様子だったけれど、私の背後に何かを見つけて、軽く目を見開いた。

「シュヴェルツ?」

落とされた名前に、思わず私も背後を振り返る。
そこには名前の通りシュヴェルツがいて、しかも何故か腕に花を抱えていた。
腕いっぱいの花は、たしかジルとかいったかな、花自体は桃に似ていて、けれど木に咲くんじゃなくて、コスモスみたいにぽこぽこと花を咲かせている、可愛い花だ。

どうしたのだ、それ。
驚いてシュヴェルツを見つめると、シュヴェルツは意地悪にも早口で言葉を紡いだ。

「執務室から見えた花が美しかったのだが、そう言ったらメイドが庭師に花を切らせて持って来た。私は要らぬと言ったが、切ってしまったものは仕方ないだろう。このまま捨てるよりは人にやった方がいいと思っただけだ。リツも要らぬなら、捨てていい」
「なに?」

早口で言われても分からないって、いい加減理解できないのだろうか。
むっと眉を寄せると、シュヴェルツもむっとしたような表情になる。
何だ、やる気か?売られた喧嘩は買うぞ!とファイティングポーズを取ろうとしたが、アリーの言葉の方が早かった。

「まあ、ジルの花ですわね。とっても綺麗ですね、リツ様!」
「はい。はな、きれい」

花は綺麗だけど、と頷く。
アリーはシュヴェルツから花を受け取り、お部屋に飾りましょう、と微笑んだ。
何だ、わざわざ花を持ってきてくれたのか?
まあおそらくさっきの早口言葉は「ちゃんと勉強しているんだろうな」とかいうお叱りの言葉で、私がきちんと勉強しているかどうか確認するために部屋に来るついでに、花でも持ってきてくれたのかもしれない。
そんなに疑わなくてもちゃんと勉強してるよ!とは言わずに、私は「ありがとうございます」だけを伝えた。

「はな、きれい。わたし、たのしい」

綺麗なお花をありがとう。嬉しいです。
そう言うと、シュヴェルツは眉間の皺を消して、アリーの腕の中の花束から一本を抜き取った。長い茎を折って、何を思ったかその花を私の頭に差してくる。
こちらの世界ではこういうのがトレンドなのだろうか。私の世界では頭に生花を付けるのは、花嫁さんくらいだけど……と思いつつシュヴェルツを見上げると、何となく、微妙に、ちょびっとだけ、ご機嫌な様子に見えた。

頭に花を挿しておく趣味はないのだが、シュヴェルツのご機嫌な様子を見ていると、外すのも躊躇われる。
お茶会が終わって、シュヴェルツが部屋から出て行ったら外そう、とこっそり考えつつ、私は「どうぞ」と部屋へいざなった。
ちょうどリアンがお茶の用意をしているところだ。

「りあん、みっつ、おねがいします」
アーノルドの分もお願いします、と言葉を紡ぐと、リアンは「はい」と頷く。
よかったな、アーノルド。アリーも上手だけれど、リアンの淹れるお茶も絶品だぞ!

そうしてすぐに3人分のお茶とお菓子が用意され、私は用意してくれたメイドさんたちにお礼と、それから隣に座るシュヴェルツと正面に座るアーノルドにお茶を勧めて、自分のカップに口をつける。

いい香りの紅茶。嫌いではないけれど、たまには緑茶とかコーヒーも飲みたい。もしくはしゅわっと炭酸飲料!
炭酸飲料は無理かもしれないけど、緑茶くらいならこの世界のどこかにもあるのかな、なんて考えつつ、何やら難しい表情で会話しだした二人をこっそり眺める。
あ、オリヴィア様の名前が出てきた。
それから、ええと、体調が悪いときに使う単語、散歩禁止令が出ていたときに何度も聞かされた“危ない”の単語、“侍女”、“騎士”、“お城”“散歩”“腕”―――そういえば、腕を掴まれたのだった。
すごい力だった、と思い出しつつ、袖をそっとめくる。
肩から指先までをふんわりと覆う桜色の薄布でできた袖をめくると、そこにはくっきりと赤紫色のあざが出来ていた。
うわあ、と驚いたものの、あざや擦り傷、切り傷なんてたいして珍しい傷でもない。ただ、非力なはずの女性に腕を掴まれただけでこんな痣になるのか、と少し驚いてしまった。
ううむ、日々の散歩で少しは体力がついてきたと思っていたのだけど、こういうのは体力云々の問題ではないし、なんて思う。
まあ、痣なんてすぐに消えてしまうからいいか。子供のときは転んだりぶつけたりで体から傷が消えたことはなかったし、今までだってよく階段に足をぶつけたり腕をぶつけたりしていた。
今だって、先日机にぶつけたせいでできた痣が足にある。

ということで、私はほとんど気にしなかったのだが、袖を戻したところで、シュヴェルツはぱっと私の腕を取った。
突然腕を掴まれたことにびっくりすると、シュヴェルツはさっと私の袖を捲る。
腕くらい見られても何とも思わないが、さすがに何の断りもなしにこんなことをされるのは気分が悪い。
やめろと声を上げようとしたところで、「オリヴィアにやられたのか?」と硬い声が降ってきた。

「いいえ」

ぱっとシュヴェルツの顔を見上げ、その柳眉が寄せられているのに気付き、ちがう、と首を横に振る。
ここで肯定したら、よくない気がする。だって、シュヴェルツは何だか怒っているように見えるのだ。
私は赤紫色になった自分の手首をテーブルにとんとぶつけ、「わたし、」と、自分がやったのだと嘘をついた。シュヴェルツが明らかに不機嫌になる。

「嘘をつくな」
「うし?」
「嘘だ、嘘」
「うそー」
「語尾を伸ばすな」
「うそ」

そうだ、と頷かれ、私もそうかと頷く。
いつものお勉強タイムだ。私はこのまま今の流れはなかったことにしようと、あわてて口を開いた。
「しゅべるつ、おかし、どうぞ。おかし、すてき、かわいい」
美味しいからこれを食べるといい、とシュヴェルツの手に焼き菓子を乗せようとして、けれど「そんなものはどうでもいい」と皿に戻されてしまった。

「おちゃ、」
じゃあお茶を飲め、と勧めようとしたところで、シュヴェルツは僅かに厳しさを含んだ声で私を呼んだ。

「リツ」
「……はい、なに?」
「―――これは、オリヴィアの仕業か?」
「いいえ」

シュヴェルツの目を見て、きっちりとNOの言葉を口にする。
「いいえ。わたし」
自分でやったんだと言うと、シュヴェルツは今度は苛立ったように眉をひそめる。

「これがぶつけたときにできる痣か?何故嘘をつく必要がある。正直に答えろ」
「わたし」

何て言われたのか分からなかったけれど、おそらく納得はしてくれていないはずだ。
だから私は、もう一度自分がやったのだという意味を込めて、言葉を紡いだ。

「わたし。おりびあさま、ない」
「リツ!」

責めるような声に、思わずびくりと肩を揺らしてしまう。
恐いわけではないけれど、自分より大きな男の人にこんな風に名前を呼ばれるのは心臓に悪い。
こんなに怒られるのなら嘘をつく必要なんてなかった思うが、それでももう、ついてしまったものは仕方ない。
それに、こんな痣ひとつで、もしもシュヴェルツとオリヴィア様が喧嘩するようなことになってしまったら、それこそ申し訳ない。
オリヴィア様だってわざとやったんじゃないし(多分)、私が貧弱なのも悪いのだ。

「わたし、げんき」
こんなの平気だから別に気にしなくていいでしょ、とへらりと笑う。
またシュヴェルツが何かを言おうとしたけれど、それを遮るためにもう一度言葉を紡いだ。

「げんき。ありがとうございます、しゅべるつ」
大丈夫だって。でも心配してくれてありがとう、とシュヴェルツの青い瞳を見つめる。
私の言葉に、シュヴェルツは開こうとしていた唇をきつく閉じ、すっと立ち上がった。

「もういい―――戻る」

冷たく固い声に、少しだけ緊張してしまう。
だってこんな声を聞いたのは、初めてのことだ。
しゅべるつ?と機嫌を伺うように名前を呼んだけれど、シュヴェルツはいつものように「何だ」と問うこともせず、呆れたような視線を向けることもなく、背中を向けて出て行ってしまった。

む、無視することないのに!

若干の腹立たしさと、苛立ちと、それから我ながらびっくりしたけれど悲しさを感じつつ、私は閉められたドアを見つめた。
3拍分の静けさが部屋を覆ったとき、私は慌ててアーノルドに「もうしわけありません」と謝罪した。

「もうしわけありません。わたし、……お茶、どうぞ」

何か適当にごまかそうとしたけれど、慣れない異世界語でそんな高度なことはできるはずもない。
アーノルドにお茶を勧め、私もカップのお茶を飲み干した。
すると、リアンが静かな手つきでお茶のお代わりを淹れてくれる。
アーノルドと目を合わせるのが何だか気まずくて、じっと紅茶の注がれるカップを見つめていると、「姫は」と声がかかった。

「どうして先程嘘を吐かれたんです?」
「……うそ、なに?」

さっき覚えたばかりの単語だが、意味が分からない。
きゅうと眉を寄せ、首を傾げると、アーノルドは少し困ったように頭をかいて言葉を捜し、けれど最後には諦めたのかそっと微笑を浮かべた。
私に言葉が通じないのが悪いのだからアーノルドの対応も仕方ないのだけれど、でも、やっぱり、少しだけ悲しかった。













      


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