ガサガサと草木を掻き分けて、とにかく前へ進む。 完全に道を外してしまったらしく、一体自分がどこにいるのか全くわからない。 涙が溢れて、止まることはなかった。 「リィ、」 こんな時でさえも幼馴染の彼を呼ぶ自分が疎ましくて仕方ない。 いつまで自分は彼に頼り、甘え、迷惑を押し付けるんだろう。 きっと、死ぬまでだ。 彼に拒絶されたなら、それを止められるかもしれないけれど、けれど絶対に彼が 拒む事などしないことを知っている。 あの日から、私が彼に負い目を感じているのと同じように彼もわたしに負い目を感じているからだ。 だから、決して彼は私が彼に依存することを拒んだりしない。 ―――リィが私に負い目など感じなくてもいいのに。 彼に非は無い。あの日も、いつもと同じように私の我侭を聞いただけだ。 それなのに、と唇を噛む。 ひゅ、という風を切る音と、どこかの木の幹に矢の刺さる音が聞こえた。 こんなところで矢を射ても当たる確立は少ないのに、と追って来る男を嘲笑った。 けれど、いつかは掴まる。 自分がそれほど脚が速くはないということを十分理解していたのだ。 草木の生い茂った森を駆けながら、漠然と死を感じた。 この森はいつもひんやりと、何かの気配がする。死の冷たい気配に、それはよく似ていた。 それが理由なのか、国付きの巫女は負の気が多いとこの森を嫌う。 以前、この森の噂を聞いて幾人かの巫女がやって来たけれど、 倒れたり、気分が悪くなったり、巫女気の強い人になると死んだ人もいたらしい。 どうしてそれほど負の気がたまったのか、その理由はいったい何なのか、仲良くなった巫女様から聞いたことがある。 いわく。 『ここは、とても古い村ね。一概にそれが悪いことだとは言えないけれど、……あのね、贄を捧げるのは 一番神がお怒りになるのよ。だから決して行ってはいけないの。他の村でもあるのよ?稀に、だけど。 最近では王都で行われることは少なくなったけれどまだ残っているし。 ……ここは多いのね、贄を……捧げる事が。貴女が大きくなったら絶対にやめてちょうだい。ね?』 その時はまだ、あの儀式よりずっと前だったので意味が分からないと思いながらも頷いたはずだ。 ああ、こういうことだったのか、と理解したのは儀式から3日ほどたった後。 いきなり思い浮かんだ言葉。 きっと、巫女様が何か小さなまじないでもかけたんだろう。 そのときにすうっと脳に刻まれた言葉は消えることなく、今も残っている。 私に、何が出来るというのだろう。 事実、その言葉を覚えていたけれど13の頃行われた儀式は止める事ができなかった。 それどころか、何の言葉も出せず、ただその儀式を眺める事だけしかできなかったのに。 草を掻き分けて進むために、露出した腕や脚には細かい切り傷が無数にできている。 痛みは感じなかった。 ただ、呼吸が苦しい。脚が重い。そう感じるだけだった。 「っあ……」 少し先のほうで木がなくなっている。道に出られるのかと思った。 ほんの少しだけ希望が湧いて、休息を要求する脚を叱咤する。 道に、出られる、はずだった。 開けた場所。 けれどそこは高い崖の上だった。 「う、そ………」 真下には大きな大きな神木。もう少し遠くへ目をやると、村。 がさがさと草を掻き分ける音が聞こえて、追いつかれたのだと、そう一瞬で理解した。 真っ白になった頭を働かせようとしても、何も思い浮かばない。 前方には崖。後方には追っ手。 どちらへ向かっても最終的には死を迎えることになる。 ―――――どうして、どうして私が、こんな。 再び耳に届くのは風を切る音。 矢が、弧を描いて崖の上から下に落ちてゆく。 それが見えなくなったところで、もう、無理なのだと思った。 ふわりと長く編んだ髪を揺らして、後ろを向く。 そこに居たのは1人の男だった。確か複数居たはずだが、途中で撒いたのだろう。 だが、1人だけ撒けなかったらしい。 日に透ける銀の髪。吐き気がする。呪われた一族の、人間だ。 そう思うことが罪だなんて思えなかった。 「……あなた、アッサタナートの人ね?」 く、と唇に薄く嘲笑を浮かべてそう言う。 男は何も言わない。ただ、その薄い空色の瞳を自分に向けてきた。 「この森は、神森。あなたのような下賎な…呪われた一族が入っていい場所なんかじゃないわ。 決して許されない魔の国の」 そこまで言ったところで、ピッと頬を矢が掠った。目の前の男が射たのだ。 恐怖よりは怒りが湧き上がる。 許せない、と思った。こんな、下賎の男に、と。 つい、と後ろ―――崖の方だ――に足を1歩、下げる。 こんな男に殺されるなら、ここから飛び降りた方が全然マシだ。 男もそれを許してくれるらしく、ただ少女の姿を見つめていた。 リィに、会いたい。その気持ちに蓋をする。 さあっと柔らかな風。甘い匂いはきっと神木の傍に咲く華のせいだ。 右足の下にはもう地面がない。 「リィ」 出来るならリィに自分を忘れて欲しかった。 ああ、でも、彼は悲しまないかもしれない。私が消えることは彼の荷物が減る事だから。 それでも、いい。悲しまなくてもいいから、やっぱり、忘れないで欲しいと思った。 体が宙に浮く。ふわりと、腕が空を切った。 最後に見えたのは真っ白の薄い雲がたなびく青い空。 少女のその体を、まるで奇跡のように、真下からの強い風が包んだ事は誰も知らない。 |