第十二話 森の片隅で








「魔女狩り……?」
魔女狩りって?と言葉を重ねようとしたそのとき、我が家のドアが開いた。もとい、蹴り飛ばされた、というか、まあとにかくドアが吹っ飛んだのである。
家のドアがこんなにも簡単に壊れていいものなのかと思うほど、簡単に。
ギャッと声を上げて飛び上がる私とは対照的に、リィはさっと私を背に庇う。
もしかして守ろうとしてくれているのだろうか、と私はほんのちょっぴりリィを見直した。とりあえず、昨日の馬鹿げた発言は忘れてやってもいい。

そ、それでドアを蹴破った無礼者は敵なのか!とドキドキした私は、次の瞬間耳に飛び込んできた言葉に耳を疑った。
「マッティ!リィ!さっさと出ろ!逃げるぞ!」
「は?ガ、ガイン?」
ひょこりとリィの背中から顔を出せば、再びガインの焦ったような声が上がる。
「さっさと来い!」
何がどうなってるんだ、と思いつつも、たしかにこの家にも炎が燃え移ったりなんかしてくるだろうし、さっさと逃げなくてはいけない。
そう思い、私は前に突っ立ったままのリィの手を引いて、ガインに走り寄った。

ガインが蹴破ったせいで――― 鍵が掛かっていたからだろうけど、何も蹴破らなくてもよかったんじゃないだろうか―― 壊れたドアの向こう、外からは焦げた匂いが漂ってくる。
思いっきり眉を顰めた私は、次の瞬間ガインにぐいっと抱き上げられた。
間違っても横抱きもといお姫様抱っこなんかではなく、荷物でもかつぐかのような抱き方である。
そのせいで、私は「ぎゃあ!」と色気もへったくれも無い声を上げてしまった。お姫様抱っこなら、「きゃあ!」という可憐な悲鳴が上げられたはずである。

「ちょ、ひ、怖い!」
そんな私の言葉など全く気にした様子を見せず、ガインはだっと森へと走り出した。リィもそれに続く。
「馬は使わないのか?」
「馬を使える道は全部塞がれてる。使わない方が逃げやすい。いいから、行くぞ、走れ!」
「わた、っ私も、走る……!」
だからお願い降ろしてお腹苦しいんだけど!そう言葉を重ねたが、見事に無視される。
お腹が圧迫される、この苦しみなどきっと理解していないに決まっているガインは、私を抱き上げたまま足を止めずに森へと入った。

幸い我が家は村の一番隅の方にあったので、すぐそこは森だ。しかもまだ薄暗い。
きっと今なら誰にも見つからずに逃げられる。山を越えてサリサ街道に出るぞ。けれどあの街道は整備されていないから賊が多い。そんなことを言っている場合じゃないだろう、とにかく、走れ―――リィとガインがそんなような言葉を交わしてどんどん森の奥深くへと入ってゆく。
私はガインの上でお腹を圧迫される苦痛に呻きつつ、木々の間から村の中央、人が集まっている辺りを見やった。

拘束された人々と、目がチカチカするような純白のマントを羽織った人々。
どんどん遠ざかってゆくその光景の中でまず目に留まったのは、指示を出している金色の髪をした男の人だ。傍にはご丁寧にも白馬までいて、ひらりと風にマントがたなびいて、まるで白馬に乗った王子様のようである。
勿論、周囲の焼き爛れた家々や、拘束された人々のせいで、今はどう間違っても王子様なんかには見えないのだけれど。羊の皮を被った狼というか、天使の皮を被った悪魔というか。

そんなことを混乱していた頭で考えていた私の瞳は、今度は違うものを捕らえた。
虹色の不思議な布が、炎を背にしてちらちらと揺れる。まるで、笑うように。
熱風に揺られる長い髪も、見たことがある。そして隣の人も、見たことのある顔だった。
「……司祭様と、あの美人さんだ」
何で二人は拘束されてないんだ?と首を傾げた私は、次の瞬間、ガインの腕から転がり落ちることとなる。
別に襲撃されたとかそんなのではなく「マッティ、重い!」というガインの暴言から想像できるとおり、ガインが非力のせいで私を抱えきれなくなったとそういうわけである。
だからさっさと降ろして、自分で歩く!って言ったのに!
私は地面の上で痛みに悶えながら、そんなことを思った。











「……で。どういうことになってるの、これ」
私は、ぜえぜえと息を切らすリィと、リィよりは幾分か疲れの見えないガインを見やって、そう言った。
「魔女狩りって、何。いったい何がどうなってこうなってるの」
妙なことになって困ったと思った翌日、いきなりわけの分からない集団に襲われるなんて、なんてついてないんだ。
あまりにも理不尽じゃないか!と少々憤慨しつつ仁王立ちで二人を見下ろすと、二人は私の発言などスルーして今後のことについて話しだした。
掴みかかって色々と問いただしたい気もしたが、二人がやけに真剣なので仕方なく自分も地面に腰を降ろす。
今後のために体力を温存しておいた方がよさそうだ。

二人の会話を聞きながら、ふっと視線を上げる。
鬱蒼と茂った葉の間から、ちらりと鳥が空を飛翔するのが見えた。そして、思う。
「……お腹減った」
焼き鳥食べたい。
よくよく考えれば、この世界にやって来てしまってからお茶以外何も口にしていない。お腹も減るはずだ。
きゅるりと情けない音をたてたお腹を押さえ、眉をハの字にする。
こんなときにまで腹を鳴らすのか、と呆れた目をしたガインに、乾いたビスケットのようなものを手渡された。 ありがたく貰っておこう。


がしがしとビスケットを齧り、二人の小難しい会話を右から左へと受け流す。
二人は真剣な表情で何事かを討論していて、そしてそれはなかなか結論の出ないものらしかった。
「だから、その道は張られているに決まっているだろう?」
「山も張られてんだろ。だったら街道の方が他の人間に紛れて逃げやすい。幸いにも数日後の祭りのために王都に向かう人間は大勢いる」
「だが、」
もう埒が明かないと思ったのか、ガインはくるりとこちらを向いて「マッティはどう思う」と尋ねてきた。
ビスケットを飲み込んで、眉根を寄せる。

「どう思うも何も、何がどうなってるのかが分かんないからどうするべきかも分かんないんだけど」
口元に付いていた菓子屑を拭ってそう言うと、ああそうだった、とリィが頷いて、昔話を語るように、けれど淡々と話し始めた。
村の方に、視線を向けながら。