チョコレート日和というやつですか。

1・彼とあたしの関係








あたしのクラスには出来過ぎ君が居る。

彼、二色 紅の代名詞・出来過ぎ君のそのまた代名詞は、眉目秀麗、頭脳明晰、品行方正、えーとえーっと、あとはお坊ちゃんだ。代名詞じゃない気がするが、その辺りは気にしないでほしい。
顔も頭も性格もよくてお金持ちときたら、当然、女の子が憧れないはずがなく、しかも彼女が居ないときたら、もてないはずがなかった。
さすがに漫画みたいにファンクラブなんていうものは存在しないようだが、『二色君を守る会』という、それらしいのは存在する。
活動内容は二色君に近付く女に制裁を下し、二色君に色目を使う女に制裁を下し、抜け駆けしようとする女に制裁を下すという、世にも恐ろしいものである。

さてさて、それほど大人気の彼に女が近付こうものなら、『二色君を守る会』によって2週間以内にその女の子は登校拒否にでも陥ることとなる。
影で悪口を叩かれ、面と向かって嫌味を言われ、嫌な言葉をずらりと並べた手紙もしくはメールが毎日のように届く。
こんなことされて、それでも二色君に近付こうって女の子はそうそういない。
勿論、ちょこっと世間話でもする程度なら許される。
けれどあからさまにアプローチなんてしようもんなら、即刻虐めの的となるのだ。

好きな人に好きって言うだけで、それどころか少し話をするだけで、他の女の子から虐められるっていうのは何か間違ってると思うけど。
でも世界は理不尽な事でいっぱいなので仕方ないのかもしれない。
うー、仕方ないってのは違うかな。どうしようもないというか、うん。それはつまり仕方ないということか、うん。

とにかく、言いたいのは二色君に近付く女の子は即刻排除され、かつ、それを止めさせるのは至難の技ってことだ。
悲しいことに、それが現実なのである。






彼についての噂は校内に数え切れないほど存在する。
例えば、1年の超絶美少女に一目惚れされて告白された瞬間に断ったとか。
例えば、道を歩いていると毎回いろんな所からスカウトされるとか。
例えば、前回の模試で県内トップ(全国だと50弱だった)を取ったとか。
例えば、この前コンビニ強盗を捕まえて、警察から礼状が送られたとか。
とにかくいろいろ。星の数ほど。

……どうなんだろうなあ、この人。
確かに、確かにね。あたしも一応女の子なんだから、彼に憧れたりしないわけじゃない。
そりゃあそうでしょ?当然当然!
女の子の憧れを全部纏めてぎゅうぎゅうにして形になったのが、二色紅君なのだ。どこの少女マンガから抜け出してきたのだろうと思うほど、女の子の憧れそのものなのだ。
だから、乙女の端くれとしては、きゅんっとしてしまうこともある。
さすがに目があったくらいで、きゃあ!なんて思ったりはしないけれど、少しの世間話でドキドキしてしまうし、その中で笑ってくれたりすると、一日中幸せな気分でいられる。

笑顔は爽やかだし、身長だって結構高くて、指先まできらきらしている、呆れるほどの美少年。
そんな王子様のようなルックスの二色君は少し大人っぽくて、言葉使いがありえないくらい綺麗だった。
彼の話している言葉を聞くと、ああ、日本語ってこんなに綺麗な言葉なんだなぁ……としみじみしてしまう。
しかも茶道の家元だけあって、立居振舞も美しく、何をやっても綺麗という言葉が当て嵌まる。
顔はいいし、親切だし、何でもできる。
二色君は王子様であり、スーパーマンであり、とにかく女の子の憧れの存在だった。





で、そんな恐ろしいくらいに完璧な彼と、平々凡々なあたしに何かしらの関係があるのかと言われると、言うまでもなく皆無だ。……うーん、皆無、ではないか。同じクラスだし。
でもそれだけだ。部活も委員会も違うし、席だって遠い。
ただ一つ、下駄箱だけは隣だった。
けれど二色君とあたしでは登下校の時間に微妙なズレがあるので「おはよう」「また明日」といった最低限の挨拶も無い。
そして、それと言って深く話したこともないと思う。何度か他のクラスメイトと一緒に世間話をしたことはあったけれど、二色君と二人きりで何かを話したことなんて一度もない。

そして、高校に入学してから1年と10ヶ月、ほとんど無関係だった今まであたしと彼との二人っきりの初会話は、2月14日、バレンタインデー、つまり今日に行われたわけである。
そのときはまだ、あんなことになるだなんて夢にも思わなかった。