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花鬘<ハナカズラ>







気持ちよく睡眠を貪っていたら、突然上から何かに押しつぶされた。
「ぐえっ」と我ながら妙な声が上がり、突然体にかかった重さよりも、むしろ自分の声にびっくりした。
寝起きの頭では、今自分の何が起こったのか理解できず、それでも押し潰された鼻や胸が鈍く痛む。
ううう、と小さなうめき声を零すと、突然誰かの大きな手に抱き起こされた。

やめろばか、痛みに響く!
そう言いたかったが、声を出すのも億劫で「うー」とだけ声を吐き出していると、リツ!と焦ったような声がかかる。
いったい誰にやられたのか―――寝ぼけた頭で、一人の人物を思い浮かべる。さとちゃんめ!いくらソファで寝たからって、押しつぶすことはないだろう!
そう思いながら、ぐっと拳を握る。
そして今の痛みの恨みを込めて、私はそれを目の前の人物に叩き付けた。

「っ!?」
「……しゅべるつ?」

元の世界ではそうそうお目にかかることのなかった綺麗な金髪に、ああそうだ、ここは私の家じゃなかった、と思い出す。
眉をしかめて顎を押さえるシュヴェルツを見つめ、あれ?何でシュヴェルツが私の部屋に?なんて考える。
そのまま3拍分の時間が空いて、私はようやくここはシュヴェルツの部屋で、シュヴェルツのベッドの上なのだということを思い出した。
なんだ、さっきのは攻撃ではなくて、私に気付かずに寝転がろうとしてしまっただけか。
それなら許してやろうと寛大な心で―――シュヴェルツ曰く、「そもそもお前が人のベッドに転がっている方が悪い!」らしい―――頷く。
そうしてまずは、ベッドに座ったままシュヴェルツに向かってぺこりと頭を下げた。

「おつかれさま、だーりん。ごはんにする?おふろにする?それともわたし?」
「お前はまだその台詞を使っているのかいい加減に間違いだと理解しろ!」

テンポよく二人の言葉が交わされ、私は『今何て叱られたんだろう』と内心で首を傾げた。
しかしまあ、シュヴェルツのカルシウム不足は今に始まったことではない。
放っておこう、と勝手に判断し、私はベッドの上でぱたぱたと手を動かした。

あれ?手紙を持ってきていたはずなのだけど。まさか忘れたっけ?

おかしいな、と辺りを見渡すと、それはベッドのすぐ傍に落ちていた。
あったあった、とそれを拾い上げ、シュヴェルツに渡す。
シュヴェルツは「何だこれは」と眉をひそめた。

「おてがみ」
「それなら夕方にメイドが届けに来た」
「?」

何だって?と首を傾げると、シュヴェルツは「まあいい」と呟いて、私の渡した手紙を開き、視線を走らせた。
そして。

「……お前は最近古代文字でも習得し始めたのか?」
「もじ、べんきょう!」

そうだ、文字もちゃんと勉強しているのである。
どうだ、褒めろ!と笑みを浮かべると、シュヴェルツは何やら微妙な表情を浮かべ、それでもよしよしと私の頭を撫でた。

「何と書いてあるのか分からないのだが」
「?」
「リツ、読んでみろ」
「わたし?よむ?」

よむ、は知っている。本を朗読するときに使う単語だ。
ちょっと読んでみろ、と言いたいのか?
ううむ、自分で書いた手紙を相手の前で読むのは何となく気恥ずかしいが、もしかしてシュヴェルツは淡い月明かりだけでは読みにくいのだろうか。
十分文字が読み取れる明るさだと思うんだけど……そう思ったものの、特に断る理由もないので、こほんと空咳を零してから口を開いた。

「しゅべるつ へ」
最初の一文、というか名前を読んだだけなのに、シュヴェルツは僅かに噴出して「それは私の名が書いてあったのか」などと言い出した。
なぜ笑われたのか分からないが、シュヴェルツが笑うときというのは大抵私を小馬鹿にしているときだ。
少しむっとしたが、仕方ない。私は続けて次の文章を読んだ。

「こんにちは。げんきですか。わたしは、げんきです」
普通の文章だと思うのだけど、何がおかしいのかシュヴェルツはくすくすと笑っている。
そんなに笑うなら、もう読まない!と目を吊り上げて手紙をシュヴェルツに押し付けると、シュヴェルツは笑いながら口を開いた。

「ああ、悪かった。もう笑わないから、続きを読め」
「よむ、いや!」

ぎゅうと眉根を寄せて怒りを表してみたが、シュヴェルツは全く気にした様子がなく、相変わらず笑い続けている。
少し腹が立ったが、そういえばここに来たのはシュヴェルツと仲直りするためだったのだと思い出す。
それならまあ、シュヴェルツがいつものように笑っているのはいいことかもしれない。
このままお茶の時間の気まずい雰囲気を忘れてくれるようにと願いつつ、私は再び手紙に視線を落とした。

「きょう、おはな、ありがとうございました。ぴんく、おはな、とてもかわいい、でした。たのしい、です。まえ、もり、さんぽ、たのしい、でした。ありがとうございました」

今日は綺麗なお花をありがとう。先日は散歩に連れて行ってくれてありがとう。
ゆっくりとそこまで口にしたところで、シュヴェルツの笑いが収まっているのに気付いた。
ちらりとシュヴェルツに視線を送れば、穏やかな表情でこちらを見つめている。

な、何か恥ずかしくなってきた。
早く読んでしまおう、と思うけれど、自分の発音が悪いのは重々承知している。
早口で読もうとすると、完全に何を言っているのか分からなくなってしまうので、恥ずかしかろうが何だろうが、ゆっくり読むしかないのだった。無念。

「まいにち、あさ、ひる、よる、おつかれさまです。げんき、すてき。たくさん、おしょくじ。たくさん、ねる。たくさん、さんぽ、すてき」

知っている単語だけで書いた手紙は、おそらく、というか間違いなく稚拙なものだ。
けれど、シュヴェルツは文句を言うこともなく、黙って耳を澄ませている。

淡く月の光が降り注ぎ、夜の匂いのする静かな部屋に、妙齢の男女が二人きり。
いくら姉弟といえど、もしかしたらこれはあまりよろしくないことなのか?と変なことを考えてしまった。
小さいときからずっと一緒だったお兄ちゃんや、さとちゃんとなら何とも思わないが、シュヴェルツは弟とはいえどつい1・2ヶ月前に会ったばかりの男の人だ。
そういえばキスも散々されたし、と思い出しつつ、シュヴェルツにちらりと視線を送る。
今日は昼からむすっとしたり、怒ったりと忙しかったシュヴェルツは、今はもう落ち着いているようで、穏やかな表情でこちらを見つめている。

人形みたいに整った顔は、月明かりに照らされて、びっくりするほど綺麗に見えた。
そういえばシュヴェルツは美人なんだった、と今更なことを思い出した。
今、あの海の色をした瞳に自分が映っているのか。そして、あの綺麗な形の唇に触れたことがあるのか。
ふとそんなことを思って、とん、と胸が鼓動する。
私の視線に気付いたシュヴェルツは、「どうした?」とそっと首を傾げた。
それと同時に月の色をした髪がさらりと零れて、私の顔は一気に熱くなる。

ななな何を考えているのだ私!ばか!変態!これでは実の姉に何度もちゅーとかしてきたシュヴェルツよりも変態だ!わあー!

声を上げて顔を覆ってしまいたくなったが、夜中にそんな奇声を発するのはさすがにまずい。
となれば、さっさとこの手紙を読んでしまって、さっさと部屋に戻ろう!と決心する。

「たくさん、ありがとうございます。わたし、は、しゅべるつが、すき、です」
いつも本当にありがとう、の最後におまけした“好き”の言葉は、勿論男女間の甘さを含ませたつもりはない。というか、「シュヴェルツさっき怒ってたみたいだし、このまま喧嘩したままは面倒だから、とにかく媚を売っておこう!ええーい好きとか書いちゃえ。きっと笑うか照れるかするだろう!わー、そのときの表情見たいなあ!」くらいのテンションだった、のだが。
予想に反して、シュヴェルツは笑うどころかぴたりと動きを止めた。そして私の動きも止まる。

ぎゃー、ばか!何でこんな恥ずかしい言葉を付け加えたのだ、あのときの私!
時間を戻してこの一文を無かったことにしたい!っていうかシュヴェルツもそんな固まらなくても!笑うとか笑うとか笑うとかすればいいのに!

最後はシュヴェルツに責任を押し付けて、ついでに手紙も押し付ける。
「わたし、ねる。はらをだしてねるなよ(おやすみ)!」
そう言いながら、わたわたとベッドから降りて、慌ててドアに向かった。

っていうか、私も何をこんなに緊張しているのだ!相手はシュヴェルツ!相手は弟だぞ!
そう言い聞かせるものの、顔の熱さも、変な動悸も静まることが無い。

わざわざ読んでやるべきではなかった!部屋まで来るべきじゃなかった!
そう思って、ドアに手をかける。
それと同時に、ぐいと腕を引かれ―――腕がもげるかと思った!―――、そのままシュヴェルツに突っ込む。
ばすんとシュヴェルツの胸辺りに顔がぶつかって、「痛いな、何をする!」と声を上げようとした。けれど。

「っ!」

突然額に柔らかい感触が降ってきて、思わずぎゅっと目と口を閉じる。
痛いくらいの力で掴まれていた腕は解放され、その代わりにそっと両肩に大きな手が置かれた。
そのまま数秒、じっとしていたけれど、特に何の変化もない。

……もしかして今の、おやすみのキスだった?
最近日課となっている額へのおやすみのキス。
それを思い出し、なんだ、と息を吐いた。

「はらをだしてねるなよ、しゅべるつ」
変なことを想像してしまった、と少し照れつつ、おやすみの言葉を送る。
勿論すぐに「おやすみ」が返されるものだと思ったけれど、おやすみの言葉の代わりに、何故かもう一回額に唇が降りてきた。

「しゅべ、」

シュヴェルツ、とその名前を呼ぼうとして、けれど今度は唇に、キスが落とされる。
触れるか触れないかという程度の、淡く微かなそれに、思わず目を見開いた。
月色の睫毛がすぐ目の前にある。心臓の音まで聞こえてしまいそうなくらい、近い。
ついばむようなキスが何度も落とされたのに、私はシュヴェルツの頬を引っ叩くことも忘れて、ただ呆然と突っ立ったままだった。
それから今度は額や目元、頬など、いろんなところに唇が降りてくる。
くすぐったいような、心地よいような、不思議な感覚だ。
驚いたことに、ちっとも嫌ではなかった。
丁寧なキスは、何だか自分がシュヴェルツの宝物にでもなったかのような気分になる。

いつの間にか瞼が落ちて、柔らかな感触に酔ったようだった。まるで時間が止まったみたいだ。
けれど。

「リツ、」
甘く掠れたその声が耳のすぐ傍で聞こえたとき、私は今度こそ「わあー!」と素っ頓狂な声を上げてシュヴェルツを突き飛ばした。
まさか突き飛ばされるとは思ってなかったのか、シュヴェルツは後ろにふらりとよろける。
非力っぷりが幸いしてか、尻餅をつくところまではいかなかったけれど、ちょっと転びそうにはなっていた。
青い海の色をした瞳が、驚いたような色を宿してこちらに向けられる。

「しゅべるつ、じゃっ、じゃじゃうまー!」

と精一杯の悪口を吐き出して、ほとんど火事場の馬鹿力の勢いで一息にドアを開け、自分の部屋に逃げ帰った。
勿論鍵だってばっちりかけたに決まっている!
そうして転がりそうになりながら自分のベッドに駆け込み、布団をかぶって、じたばたと手足を動かす。

今、私は、何を、何をしてしまったのだー!

結局、この夜はほとんど一睡もできないまま夜明けを迎えたことを、ここに記しておくことにする。














      


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