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花鬘<ハナカズラ>







私って、結局どういう立場なのだろう。

シュヴェルツと一緒に朝食を摂り、自分の部屋に戻ってぴらぴらしたドレスを着せられて、鏡に映った自分を見て、何度も考えたことをもう一度考えた。
ご飯は美味しいし、ベッドはふかふかだし、メイドさんたちはみんな優しいし、シュヴェルツは煩いけれど何だかんだと世話をやいてくれる。
しかもここは多分王宮で、やんごとない身分の人がたくさんいる、私のような一般市民にはまず間違いなく縁もゆかりも無い場所のはずなのだ。

それなのに。
『何で私はこんなところにいるんだろう』
ぽつりと呟いた言葉は、アリーに届いてしまったらしい。
どうかいたしましたか?というように、柔らかく目を細められた。
その微笑に軽く首を振って、何でもないのだと私も軽い笑みを返す。そうしてから、再び今までの生活について考えを巡らせた。

そもそも私が初めてこの世界に来たとき、私はどこかの泉の中、小さな滝の下にいたのだ。ちなみに周りには変な格好をした男の人がいっぱいいて、「ひえー、コスプレ……!」と思ったくらいである。
そして高い塔の上にランプッツェルよろしく閉じ込められ、修行僧のように清く正しく規則的な生活をさせられた。
そしてそして塔から出られた!と思ったら、観衆の目の前でシュヴェルツという名の変態にファーストキスを奪われ、シュヴェルツとご飯を食べたりお茶をしたり散歩したり一緒のベッドで寝たり……

『って、夫婦か!』
何だこの似非いちゃいちゃっぷり!と自分に突っ込みを入れて、しばらくシュヴェルツとは距離を置くべきだと勝手に判断する。
とりあえず今朝のキスはやっぱり拒むべきだった。慣れてはいけないのだ!と自分に喝を入れていると、ドレスを整え終えたアリーはにこりと笑って窓の外を指差した。
アリーの綺麗に磨かれた爪は真珠のようで、何気ない仕草の一つでも見とれてしまうくらいに綺麗だ。

「リツ様、お疲れでなければ、お散歩などいかがでしょう」
多分一緒に散歩に行こうとかそういう意味の言葉だろう。曖昧に言葉を繰り返してから、「そと、あるく?」と確認の意味を込めて尋ねてみた。
アリーは肯定を示すように、花のように笑う。
なるほど!「おさんぽ」は散歩の意味らしい。
また私の異世界辞書に新しい単語が増えたなと、喜びを噛み締めて、「さんぽ、さんぽ」と忘れないうちに何度も言葉を繰り返す。
アリーはやっぱり笑って、「はい、お散歩です」と誘うように部屋のドアを開けた。












のんびりと庭を散策しながら、「はな」「そら」「くも」など言葉を紡ぐ。
ずらずらと後を着いて来るメイドさんたちは丁寧に花の名前まで教えてくれるけれど、そこまで覚えるのはさすがに少し難しい。
うんうんと眉を顰めつつ言葉を繰り返しながら、自分の頭に様々な単語を詰め込んだ。

お城の庭は相変わらずとんでもなく広い。
等間隔に植えられた木々は芸術品のように整えられていて、私はこっそりと「なるほど、国民の血税はこういうところにも使われているのか」なんて考えた。
一般市民としては、こんな庭よりもっと他に使うところは無いのだろうかと思わなくも無いが、でも、お城が綺麗でなければ他国に格好つかないだろうしなあ。偉い人はいっぱい色んなことを考えないと駄目なんだろうな、大変そうだ。そういえば街ってどんな風になっているのだろう。行ってみたいなぁ。
そんな取り留めの無いことを考えながら、だらだらと歩みを進めていると、どこかからみゃあみゃあと小さな鳴き声が聞こえた。

おや、と足を止めて声の元を探す。
声からするとおそらく子猫だと思うのだが、いったいどこにいるんだろう。
ひょいとしゃがんで低木の間を覗き込むと、明らかに植物ではない白っぽくふわふわした何かが目に入った。
あれかな?なんて思いつつ、そろそろと手を伸ばして、そのふわふわに触れようとしたのだが、どうやら怖がられてしまったらしい。びゃっと手を引っかかれてしまって、慌てて手を引っ込める。
どうしよう、野良猫なのだろうか。放っておいても大丈夫なんだろうか、と真っ白でふわふわの何かを見つめていると、後ろから「リツ様?」と控えめな声が掛かった。
その声にくるりと後ろを振り向いて、あ、と声を漏らす。

「ぜ、ぜひー!」

相変わらずの先生のような雰囲気に、慌てて立ち上がり、ぴしりと背筋を正した。
ドレスの裾もぺしぺしと叩いてくっ付いていた葉を取り払い、「なに?」とできるだけ丁寧に言葉を紡ぐ。
叱られるようなことは何もしていないです、と妙に緊張してしまった私だったが、ゼフィーは「そのようなところにしゃがみこんで、何をしていらっしゃったのですか?」と何やら長ったらしい言葉を口にする。
シュヴェルツに知らない言葉で何かを言われても『分からないと何度言わせる!』と思うだけだが、ゼフィーが相手だと『ごめんなさいごめんなさい分からなくてごめんなさい』の気分になってしまうのは何故だろう。
ということで、私はあわあわしながら「な、なに……?」と恐る恐る尋ねた。

私の返答に、ゼフィーはやはり出来の悪い生徒を前にした教師のような雰囲気で、小さく眉をひそめる。
ひえっと思わず身を縮めると、ゼフィーはさっきまで私が覗き込んでいた低木を見やり、ああ、と声を落とした。
そうして何の躊躇も無くそこに手を突っ込み、真っ白のふわふわを取り出したのである。

ゼフィーの手の中でにゃーにゃーと震えた声を上げている真っ白のふわふわは、やはり猫のような動物だった。
しかし細く可愛い声から予想していたような小さな子猫ではなく、明らかに成猫である。
この大きさであんなに可愛い声で鳴くのか……とまじまじとその猫によく似た動物を見つめていると、ゼフィーはその動物を腕に抱いたまま、僅かに目を細めて口を開いた。

「ジャーディーですね」
「じ……?」
「ジャーディーです。成長すれば騎乗もできますよ、技術は必要ですが」
「じゃ、じゃ、じー……?」

なかなか上手に単語を口に出せない私に、リアンが控えめな声でゆっくりと「ジャーディー、です」と教えてくれたのだが、どうしても上手く舌が回らない。
ゼフィーの視線に晒され、冷や汗まで流れそうになったところで、ゼフィーは小さく息を吐いた。
呆れられたのかと思ってぎゅっと身を縮める。するとゼフィーは今度はゆっくりと「“にゃんにゃん”です」と、とても言いやすそうな単語を口にした。

「にゃ、にゃんにゃん!」
大丈夫、それなら言える!と目を輝かせて言葉を紡ぐと、ゼフィーは僅かも表情を崩さずに「はい」と頷く。
なんだ、簡単な言いかたもあるなら先にそちらを言えばいいのに!と笑顔を浮かべ、もう一度「にゃんにゃん」と口にすると、ゼフィーは今度は柔らかく目を細めて「はい」と頷いた。
今までのやり取りを眺めていたメイドさん達は、何故か素晴らしく完璧な微笑を浮かべたまま固まっている。
どうしたのだろうと首を傾げたが、ゼフィーはそれを気にした様子は無く、「抱いてみますか?」と私に猫(ジャーディーというらしい)を差し出した。

だっこしてもいいよ、ということなのだろうか。
そう思いながらおずおずと両腕を伸ばすと、ゼフィーは抱えていた猫をそっと私の腕に置いた。
ふわふわとした毛並みのその猫は、くりくりの瞳をこちらに向けて一つ声を上げる。
家ではお父さんが猫アレルギーだったから飼えなかったけれど、やっぱり猫は可愛い。
いいな、ゼフィーのペットなのかな。また抱っこさせてくれるかな、なんて思いつつ、ちらりとゼフィーに視線を送る。ゼフィーは私の視線を受け、再び口を開いた。

「お気に召しましたか」
ぱちりと視線が合った途端、1ミリも表情を動かさずにそう言われ、私は間抜けに『へ?』と口を開けた。
「お気に召したのでしたら、後日、贈らせていただきますが」
「……は、はい」

語尾が僅かに上がっていたことから判断するに、おそらく何かを問われたのだろう。「猫って可愛いよねー。猫好き?」とか、そんなところだろうか。
勝手にそう判断して、へらりと笑って曖昧にイエスの言葉を口にした。
ゼフィーは私の返答に小さく頷いて、私の腕の中の猫に視線を落とす。そうして僅かに眉を寄せた。

「それがお気に召したのでしたら申し訳ないのですが、それは王子に献上されることになっておりますので、また別のものを贈らせていただきます」
そこまで言葉を紡ぎ、ゼフィーは「王子にこの愛らしさが理解できるとは思わないのですが」と悩ましげに溜息を零す。
何を言っているのか全く分からないが、とりあえず頷いておけばいいだろう。そういう間違った考えのもと、私はうんうんと頷いた。

しかしこの猫重いな、と腕をふるふるさせると、それに気付いたのかゼフィーは私の腕から猫をそっと取り上げた。
ゼフィーは片腕で上手に猫を抱えて、開いた片手で猫の背を撫でる。
私にも撫でさせてと手を伸ばすと、撫でやすいようにと猫を抱える腕を少し下ろしてくれた。
ちょっと怖い人かと思っていたけれど、案外優しいらしい。いい人なんだなぁとホワホワすると、ゼフィーも僅かに口元を綻ばせる。
怖そうな人の優しい一面というのはどうしてこうも嬉しいものなのだろう。
ということで、私は勝手にいい気分になって、もう少し会話してみようと口を開いた。

「ぜひー。これ、すてき」
この猫可愛いね、と言ったつもりなのだけど、伝わっただろうか。ドキドキしながらゼフィーを見上げると、意味を理解してくれたのか、そうですねと頷きを返された。
いつも新しいドレスを着るときのメイドさんたちの言葉―――「とっても素敵ですよ」「よくお似合いです」「まあ、お可愛らしい」などを思い出しつつ、もう一度言いやすそうな言葉を口にする。
「よくおにあいです」
多分これも「可愛いね」の意味だろうと思って言葉を重ねると、ゼフィーは僅かに眉を寄せた。

「……“よくおにあいです”、ない?」
「そうですね、その言葉は少し用途が違います」

この言葉は意味が違うのか?と首を傾げると、ゼフィーは少し困ったように視線をさ迷わせてから「こういう場合は“可愛い”が一般的になるかと」と言葉を紡ぐ。

「かわ、いい」
あ、その言葉は何度もメイドさん達から聞いたことのある言葉だ。こういうときにも使っていいんだな、なんて思いながら「かわいい」ともう一度口にする。
「かわいい、かわいい」
猫を撫でながら、“かわいい”の単語を頭に詰め込もうと言葉を繰り返す。
この猫っぽい生き物は“ジャーディー”もしくは“にゃんにゃん”で、褒めるときは“可愛い”。うう、相変わらず発音しにくい言葉である。ゆっくり発音してくれないと、理解したはずの言葉でも分からなくなりそうだ。というか、私ばかりがこの世界の言葉を覚えるのは不公平なのではないか、みんなも覚えるべきである!
そんなことまで考えたとき、ゼフィーから「リツ様」と声が降った。

「はい」
おっと、人と会話をするときは、一生懸命言葉を聞き取らなくては相手が何を言っているのかさっぱり分からないんだったと、慌ててゼフィーを見上げる。
ゼフィーは少し悩んでから「こちらでの生活にご不便はございませんか」と尋ねてきた。
言葉が理解できたら「あるに決まってる!とりあえずパジャマはあのぴらぴらしたものじゃなくて、スウェットがいい!あと白いご飯とお味噌汁が食べたい!」と喚いたことだろうけれど、残念ながら理解できない。
ということで、私は「笑っておけばどうにかなる、もとい、笑顔は世界を救う!」の精神に則って、懲りずにへらりと笑ってみせた。

その笑顔がゼフィーの目にどう映ったのかは分からない。
けれど、この日からゼフィーの脳内では、私に『見知らぬ土地で、見知らぬ人々に囲まれ、言葉も分からないのに健気に頑張る少女』といらぬオプションがつけられてしまったらしい。