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花鬘<ハナカズラ>







どうやらシュヴェルツはロリコンらしい。

シュヴェルツに何度も唇を奪われ、今も奪われそうになり、四日前などそれ以上まで進められそうになった私は、やっとそのことに気付いた。
この世界の人達に比べて私は随分小さいと自分でも思うし、そもそも私は未成年でシュヴェルツは……いくつか分からないけれどいい大人なんだし、キスだの何だのしようとするだなんてロリコンとしか思えない。
今まで「まさかなぁ」と思っていたが、これからは気をつけることにしよう。私はそう決意しつつ、シュヴェルツと1メートルは離れて部屋へと戻っていた。
シュヴェルツは相当後ろを歩く私を不審に思ったようだが、それでも隣に並べなどということは言わない。というか言われても言葉の意味が分からないだろうけれど。

そしてシュヴェルツは自室の前に到着し、歩みを止めた。それと同時に私も足を止める。
シュヴェルツはさっさと来いというような視線を向けたけれど、絶対に傍に近付くものか。また唇を奪われたらどうするのだ!
じっと疑うような視線を向けると、シュヴェルツは疲れたように軽く息を吐いて、そのまま自分の部屋に入っていく。
ほっとしつつ、うっかりシュヴェルツの隣になってしまったらしい自室に入ろうとドアに手をかけると、ゆっくりとドアが開けられた。どうやら内側からメイドさんが開けてくれたようだ。
ありがとう、と笑顔で言おうとして、ぴったり固まる。

「しゅべるつ……!」
何でシュヴェルツが私の部屋に!っていうか今隣の部屋に入ったではないか!と目を見開くと、シュヴェルツは固まる私の腕を取って無理やり部屋の中に引き摺り込んだ。
ギャー!と悲鳴を上げる前に、慌てた様子のメイドさんたちが視界に入り、ヘルプの視線を送る。
しかしメイドさん達には私を助けてくれる様子はない。自分の身は自分で守るしかないということだろうか。
そう思い、『私はそんなにか弱くないのだ!いつでも殴れるのだぞ!』とぎゅっと拳を握ると、シュヴェルツはその拳を握った手をそっと持ち上げた。
な、何なのだ。

シュヴェルツは何を考えているのかまったく分からない無表情で、持ち上げた私の手の甲に唇を落とす。
うぎゃっと手を引っ込めると、シュヴェルツは呆れたように息を吐いてから何か短い言葉を発した。
聞いたことの無い響きの言葉だが、もしかしたら眠る前に口にする挨拶だったかもしれない。
ちょっぴり驚きつつ、手の甲にキスなんていうのはさすがに乙女としてドキドキきゅんっとしないわけにはいかない。
私は相手がシュヴェルツだというのに、ちょっぴりときめいてしまった。
あんなロリコン相手に!と自分を悔しく思いつつ、すいとこちらに背を向けたシュヴェルツを見つめる。
するとシュヴェルツは、今日、私がこの部屋を探検したときには開かなかったはずのドアに手をかけたのである。
一瞬「わっはっは、そこは開かないのだぞ!まったくシュヴェルツはちんちくりんだなぁ!出口はこっちだ!」と笑ってやろうとして、けれど私の口は「わ」の形で動きを止めた。
かちゃりと小さな音だけをたてて、拒む様子もなくドアが開いたのである。

―――なんで。

だってあのドアはアリーに開けてもらおうとしたけど開かなかったはずで。そのはずなのに、シュヴェルツはいとも簡単にドアを開けた。
そういえば隣の部屋はシュヴェルツの部屋で、まさか、まさかとは思うが、あのドアはシュヴェルツの部屋に繋がっていたりとか、まさかそんな―――と思った私は、シュヴェルツの背中がドアの向こうに消える寸前にダッシュでそのドアに駆け寄り、シュヴェルツの後に身を滑り込ませた。

リツ様?!と慌てたようなメイドさんの声が聞こえ、シュヴェルツはシュヴェルツでついてきた私をぎょっとして見つめたが、私はそんなこと気にせずにきょろきょろと辺りを見渡した。
そして絶句したのである。
ここはまさしく先日私がシュヴェルツに妙なことをされそうになった部屋だ。間違いない。
呆然としていると、シュヴェルツは「おい、リツ?」とこちらを見下ろした。私は頭を真っ白にさせながらシュヴェルツを見上げ、そしてその手に鍵が握られているのを見てハッとする。
それはまさかこのドアの鍵ではないだろうなと、じろじろその鍵を見つめた。シュヴェルツは私が後を追ってきた理由が全く理解できないらしく、困惑した様子である。
私はシュヴェルツに手を差し出した。

「何だ」
それをちょっと貸してみろ、と鍵を指差す。シュヴェルツは戸惑いながらもその鍵を私に手渡した。
私はそれをドアの鍵穴に差込み、捻った。かちゃんと音がしたのを確認して、ドアを開けようとすると、開かない。もう一度鍵を差し込むと、かちゃりと音がして、全身でぐいぐいとドアを押すとゆっくりとドアが開いた。
どうやら本当の本当にこの鍵一つで私とシュヴェルツの部屋を繋ぐことが出来るらしい。―――なんということだ!
私はシュヴェルツを睨……いやいや、可憐に上目遣いで見つめて、これをくれ、というように胸の辺りでぎゅっと両手を組んだ。お願い申すのである。

「……返せ、リツ」
「かーせ?」
「か、え、せ」

シュヴェルツはそう言って手を差し出してきた。返せという意味か?
い、嫌だ!だってこれを使ってシュヴェルツが私の部屋に侵入してきたら、そして妙なことをしようとしたらどうするのだ!
私はじりじりと後ずさり、ぎゅっと鍵を握り締めた。
「リツ」
シュヴェルツは少し苛立ったように私の名を呼んだが、いやいやいや、こればかりは本気で渡すわけにはいかない。

「わたし、わたし、これ」
欲しい、という単語はまだ知らない。寄越せこのやろう、という単語は更に知らない。
きゅっと鍵を握り締め、懇願するような視線を向けると、シュヴェルツはうっと言葉に詰まった。
「しゅべるつ、ありがとう」
「まだやるとは言ってない!」
「ありがとう、しゅべるつ」
深々と頭を下げてそう言うと、シュヴェルツは悩んで悩んで、とっても悩んだ様子を見せる。
そうしてから私の前にしゃがみこみ、そっと手を伸ばした。鍵を取られるのかと思ってぎゅっと握り締めると、シュヴェルツは予想に反して私の顎を持ち上げて、そのまま唇を重ねてきた。

シュヴェルツの行動というのは全く理解できない。何故ここでキスをするのだ。
驚いて目を見開き、パンチする前にシュヴェルツの唇は離れていく。
「なくすなよ」
シュヴェルツはそう言ってドアを開け、私を部屋に戻した。メイドさん達はあわあわしている。
そうして二つの部屋を繋ぐドアが閉まる寸前、私はとりあえずさっきシュヴェルツが口にした「おやすみなさい」の挨拶のような言葉を唇に乗せた。鍵をどうもありがとうの気持ちを込めて、できるだけ可憐に、笑顔で。

「はらをだしてねるなよ、しゅべるつ」

この言葉を聞いたメイドさん達は真っ青になって私の口を塞いだが、ドアの隙間からちらりと見えたシュヴェルツの表情は、まるでさっき私にお休みの挨拶をしたことを大後悔したような表情だった。
何で後悔するのだ、そんなこと。













翌日、私は早朝にむっくりと起き上がった。朝といっても、まだまだ外は薄暗い―――どころか真っ暗である。
どうやら昼寝をしたのが悪かったらしく、早くに目が覚めてしまったようだ。
トイレに行きたい、と寝惚け眼を擦ってベッドから降りる。控えていたアリーは少し眠ってしまっていたようだが、私がベッドから降りると同時に目を開けて「どうかなさいましたか?」と優しく尋ねてきた。

トイレ、という単語を口に出すと、アリーはガウンを肩にかけてくれた。
そうして行きましょうとトイレまで案内してくれる。別に一人で行ってもいいのだが、というかこの年齢にもなって人に付いて来てもらうのは恥ずかしいので是非一人で行きたいのだが、アリーのお仕事はとにかく私を一人にさせないことらしいので、付いてきてもらうことにする。
まだ薄暗い廊下をとぼとぼと歩き、トイレに入った。
このトイレというやつは案外元の世界のものと似ている。さすがに水洗ではないのだが、形は割と洋式便器そのものである。
まあ異世界のトイレ事情については色々と思うところもあるのだが、そんなことわざわざ語るまでも無い。私は用を済ませて手を洗い、トイレを出た。

まだお日様はちらりとも顔を出していないが、あと1時間もすれば完全に夜は明けることだろう。
異世界で夜明けの瞬間を眺めるというのもなかなか気持ちよさそうだ。私は前を歩くアリーの背中をとんとんと叩いた。
アリーは「どうかなさいましたか?」と微笑む。

「ありー、そら」
見たいという単語はまだ知らない。短すぎる単語にアリーは首を傾げて「空がどうかなさいました?」と言葉を紡ぐ。
えーと、夜が明けるまで空を見るというのもたまには楽しいと思うのだが、どう思う?と言いたいのだが、無論言えるはずもない。
私はちらりと窓に目をやった。

ちなみに部屋の窓にはちゃんとガラスが嵌っているが、廊下の窓にはガラスが嵌っていない。どうやらガラスというのは結構高価なものらしいのである。
冬になったら雪が入ってくるのではないかと思いつつ、そういえばこの世界に四季というものはあるのかと首を傾げた。
日本は四季の移り変わりが美しい国だと思っているし、その季節季節に合わせて旬の食べ物を楽しんだりおしゃれを楽しんだりするのはすごく楽しいのだが、この国ではどうなのだろう。
そんなことを考えつつふらふらと窓に近寄り、空を見上げる。アリーは私の行動に微笑むだけで、早く部屋に戻ろうというようなことは言わなかった。

少しだけ、と思いつつぼんやり空を見上げていると、下で小さな声が聞こえた。
ちなみにシュヴェルツや私の部屋が在るのは2階で、下というのは階下の廊下という意味だ。
聞こえてくる声は、どうやら男性と女性、2人分の声である。何と無しに下を覗き込むむと、さすがにアリーは「リツ様、危のうございます」と少し慌てた様子で私の肩をそっと抱えた。
ごめんごめん、と身を起こそうとして、私は「おや」と気付く。
階下の廊下から庭へと降りた男女―――恋人同士のような雰囲気で、男の方が女の人の肩まで抱いている―――の片方に見覚えがあったのである。

「しゅべるつ」
こんな夜中と早朝の真ん中の時間に何をしているのだと首を捻ると、後ろで私の肩を抱えていたアリーはぎょっとした様子で一緒に下を覗き込んだ。
そしてその姿が確かにシュヴェルツであることに気付いたアリーは、仰天して「リリリリツ様!」と変な風に私を呼ぶ。私はリリリリツ様ではないぞ、アリー。リツだけでいいのだ。
「お部屋に戻りましょう。あれはシュヴェルツ様ではありません、人違いですっ」
アリーはいつものおっとりした様子とは全く異なる様子で、口早に、そして息を潜めるような声でそう言った。
さすがにぐいぐいと肩を引っ張るようなことはしないが、アリーは何故か妙に切羽詰った様子である。
しかし私はシュヴェルツと謎の女性が気になるので、ちょっと待って、静かにね、という意味を込めてアリーの口にぺふんと自分の手を置いた。

そんなことをしている間も目下の2人はいい雰囲気を醸し出している。いちゃいちゃらぶらぶだ。
ううむ、しかし、二人がここでキスの一つでもしてくれれば、シュヴェルツはロリコンではなくて普通に普通の女性が好きだと思うことが出来るのだけど、などと思いつつじいっと2人を見つめる。
2人とも上にいる私とアリーには全く気付かないらしく、こんな夜更けだというのに庭に咲く花々を眺めていちゃいちゃしている。彼氏いない暦ウン年の私には、2人とも風邪を引けばいいのに……などと意地の悪いことを思ってしまった。

2人の会話は十分聞こえるのだが、いかんせん意味は全く分からない。
私が首を傾げる隣でアリーは顔を真っ青にして「シュヴェルツ様お願いですからその甘い言葉だけは封じておいてください」と神に祈っていたらしい。
そうして私が2人のらぶらぶシーンを眺めて数分が経ったとき、それは起こった。
シュヴェルツ様……とうっとりしたような声が聞こえたと思ったら、2人の影がゆっくりと重なったのである。

おおお、キス、だー!
よし行けシュヴェルツ!そこだ!押し倒せ!と全力でシュヴェルツを応援していると、―――ちなみにずーっとずーっと後になって考えたのだが、これは浮気する夫を応援する妻という図式になるわけだよな―――アリーはもう我慢ならぬということなのか、震えた声を上げた。

「おやめくださいシュヴェルツ様!奥方様の前で何をなさっておいでなのですか!」

泣きそうなアリーの声にぎょっとしたのは名前を呼ばれたシュヴェルツばかりではない。シュヴェルツとキスをしていた女の人もぎょっとして声のした方向を―――つまり私とアリーの方を向いた。
2人分の視線を受けて、ぺこりと小さく頭を下げる。
『こんな夜更けに奇遇だな』という意味と『邪魔をしてごめん、気にせず続きをどうぞ』という意味を込めて小さく手を振り、何故か今にも崩れ落ちそうになっているアリーの手を引いて自室へと戻ることにした。
アリーは真っ青になりながら何かを口にしていたが、このときの私はまさかアリーが「いいえ違うのですリツ様、シュヴェルツ様は、いいえ、違うのです……!」などと下手にシュヴェルツを庇っているとは思いもしなかったのだった。