花鬘<ハナカズラ> 刺繍。 それは私がこちらの世界にやって来て、趣味の一つとなったものである。 元の世界に居たときは、そんなもの家庭科の授業くらいでしかやったことがなかったが、娯楽のないこの世界ではなかなか楽しい。 最近はレース編みも教わってみたが、こちらもなかなか楽しかった。 そして、こういう女の子らしい趣味はシュヴェルツを始め、皆の受けがとてもいいのである。 ということで、メイドさん達にべたべたに褒められて、私は今日もせっせと針を動かしていた。 シャナが刺繍を施してくれたベッドカバーのような大物はまだ無理だが、ハンカチくらいなら十分見栄えするものができる。 こちらの女子の嗜みなのか、メイドさん達はみんな刺繍が得意らしいのだが、ただ一人、リアンだけはあまり得意ではないらしい。 たまには針を持つこともあるし、そしてその姿は本当に美しいのだが、その美しさに反して、出来上がった作品は私から見ても「……」という感じである。 リアンもそれは十分承知しているのだろう。 メイドさん達は皆自分で刺繍を施した綺麗なハンカチを持っていたが、リアンのそれはシンプルなものだった。 それからしばらく経過した、ある日のことだ。 私はそれまで動かしていた手を止め、ふう、と息を吐いた。 絹のハンカチに施したのは、百合の花によく似た花の刺繍。 それの縁には手編みのレースを縫いつけた。我ながらなかなかの出来栄えである。 メイドさん達はにこにこしながら褒めてくれ、私もにこにこしながら丁寧な刺繍の跡に指を滑らせた。そうして、お茶を淹れようとしていたリアンの方を向く。 「りあん、どーぞ」 はい、と完成したばかりのハンカチをリアンに差し出すと、彼女は珍しくきょとんとした。 どういう意味だろうと、よく理解できないらしい。 「どーぞ」 二度目の言葉に、リアンはやっと言葉の意味を理解したようだ。 「あの、私に……?」と困惑したような表情を浮かべる。 私はこくりと頷いて、三度目の「どーぞ」と繰り出した。 リアンは嬉しいのか困っているのか、不思議な表情を浮かべたまま固まっている。 あれ?この柄は嫌だったかな、と首を傾げた。 「はな、りあん。おなじ」 この、百合の花に似た花はこちらの世界では“リアン”というらしい。 さすが、美人には美しい名前が付くものである。 シャナに教えてもらったこの図案を見たとき、完成したらリアンにあげたいなぁと思ったのだ。 人のために何かをするということが、今の生活ではなかなか無かったので、リアンのためにとハンカチを作るのはとても楽しい作業だった。 だから。 「りあん、どーぞ」 貰ってくれたら嬉しいなと心の中で付け加えた。 リアンは他のメイドさん達をそっと見渡し、「お気持ちは嬉しいのですが」と言葉を紡ぐ。 言葉の意味はよく分からなかったが、表情からして「いらぬ」と断られたのか?と不安になった。 しかしアリーがリアンの言葉に被せるようにして「まあ、素敵!」と声を上げる。 「良かったですね、リアン」 にこにこと微笑むアリーに続き、他のメイドさん達も「本当に素敵」「リツ様、上手になられましたね」「レース編みも美しいですね」と口々に言い合う。 リアンは4人の言葉に押されるようにして、戸惑いながらそっとハンカチを受け取った。 ほっそりとした白い指が、私の施した刺繍の跡を、そしてレースを撫でる。 努力の跡を丁寧に見つめられた私は、ちょっぴり緊張しながらリアンを見つめた。 ……気に入ったかな? そわそわする私の視線の先で、じっとハンカチに視線を落としていたリアンは、やっと顔を上げる。 つるりとした額、綺麗な形の眉、長い睫毛、きりっとした瞳、通った鼻筋、薄めの唇。 下を向いていたリアンがゆっくりと顔を上げる、その動作で、綺麗な顔がゆっくりと露になった。 やっぱり美人だなぁとしみじみしたところで、リアンは微かに微笑む。 それはまるで固い蕾がほころぶような、淡い、けれどたしかな微笑みだった。 これが漫画のワンシーンなら、多分今の私とメイドさん達の頭上には「ずきゅーん!」か「どきーん!」か、その類の単語が浮かび上がったに違いない。 リアンは普段あまり笑わないが、そんな美人の笑った顔の破壊力たるや、それはもう大変なものだった。 特にリアンを慕っている様子のシャナなどはくらりと眩暈まで起こしている。大丈夫か。 「―――ありがとうございます、リツ様。大事にいたします」 芸術的に美しい微笑みと共にそんなことを言われ、私は顔を赤くしながらこくこくと頷いた。 リアンが喜んでくれたなら、私も嬉しい。 そう思って見つめた先のリアンは、丁寧な動作でハンカチを畳み、スカートのポケットにそっと仕舞う。 その丁寧すぎるくらい丁寧な扱いに、嬉しさで胸がきゅっとした。 こうして私のある一日は過ぎていったわけだが、それからしばらくの間、メイドさん達の中ではリアンに贈り物をするというのが流行ったらしい。私に付いてくれているメイドさん以外にも。 どうやら、美人なリアンはメイドさん達の間でも密やかに人気で、クールな彼女の貴重な笑顔を見てみたい!と様々な贈り物をされたということだ。 けれど、アリーが言うには。 「全て断っていましたし、あのような笑顔になったのは、リツ様からハンカチをいただいた時だけでしたよ」 ということらしい。 私はまたまた嬉しくなって、えへへと笑顔を浮かべた。 はくしゅで管理人をおうえんする。 |