花鬘<ハナカズラ> 「……何をしているんだ、こいつは」 一日たっぷりと机に向かい、早く眠ろうと戻ってきた自室のソファには、何故かリツがいた。 しかも、幸せそうな表情で眠りこけている。 その足元にはジャディが2匹、こちらもすやすやと気持ちよさそうに眠っていた。 こんな夜更けに何の用だと眉を顰め、その小さな手に握られた紙に気付く。 ……また文でもしたためてきたのか? ほんの数日前に渡された、古代文字にも似た文字が連なる手紙を思い出し、思わず吹き出す。 だが、そうだとすれば何と嬉しいことだろうと、父か兄にでもなった気分で思う。 “あの”リツが、おそらく自主的に、私に手紙を書いたのである。あの下手な字で。 ―――リツもたまには可愛いと言えなくもない真似をするのだな。 浮き足立つ気持ちを抑えつつ、とりあえずまずは風邪でも引かぬようにと柔らかい毛布をかけてやる。 指先から足の先までを丁寧に毛布で包み、頬に零れていた髪を耳に掛けてやり、最後にその手から紙を引き抜いた。 手の中の物がなくなったのが不満だったのか、リツは「うぅ」と獣の子のような唸り声を漏らす。 宥めるようにその頭を2・3度撫で、紙を開いた。 そこにでかでかと記されていたのは、「さんぽ、もり、2、おねがいします」と4つの単語のみ。 「……何の暗号文だ、これは」 森へ散歩へ行きたいということだろうが、この“2”というのは何のことだ? ぽくぽくぽく、と三拍分だけ思考を働かせ、はっと思いつく。 二人きりで、ということだろうか? いや、だが、いや……本気か? そうであればそれは夫婦水入らずの時間が欲しいとリツが望んでいる、いうことで、喜ぶべきことである。 勿論、実際には警備上の問題で2人きりで遠出などは難しいが、リツが、あのリツが、そのようにしおらしく愛らしいことを言うのであれば、簡単に無理だと告げることもできない。 城の庭で我慢しろと言うか?いやだがそれでは普段と変わりない。おそらくリツは以前一度行った森くらいの遠出がしたいのではないだろうか。 リツがそう言うなら連れて行ってやってもいいが、だが、二人きりというのはやはり難しい。 ……いや、しかしあのリツから二人きりでなどと言うことはもう今後無いかもしれない。 どうする、と自分に問いかけながらソファに腰掛け、リツの寝顔を眺める。 その平和な表情に、体は疲れているが、心は何となく軽くなった。 「……仕方ない」 どうにかするしかあるまい。 そう決意し、しかしどうやって二人きりで、と朝まで考え込んだ私は、翌日起きたリツの言葉に叩きのめされることとなる。 「わたし、ありー、りあん、しゃな、せふぃら、みーな、みけ、たま、いっしょ!ぱん、そと、たべる!もり!」 メイド達とペットと森にピクニックに行きたいから、許可をくれ。 にこにこ笑いながら手紙を広げるリツを見つめ、共に朝食をとっていた私は、フォークを置いた。 どうやら手紙の“2”は2度目の“2”だったらしい。先日行った森に行きたい、という意味だったのだ。 それを理解し、私はゆっくりと口を開く。 「お前は早く言葉を覚えて正しい文章を書けるようになれこの鳥頭!」 リツのパンが詰まった頬を摘み上げ、私はそう声を上げた。 そして、もう二度とリツにこういう期待はするまいと心に誓う。 ある平和な一日の、朝のことだった。 はくしゅで管理人をおうえんする。 |